トレーニングによるグリコーゲン合成系酵素量の増加

 持久運動のエネルギー源は脂肪酸であるが,脂肪酸を燃やすために糖が必要であるので筋肉の持久力は蓄えられたグリコーゲン量によって制限される。このために筋肉のグリコーゲン蓄積量を増やすことができれば持久運動能が改善されることになる。グリコーゲンはグルコースから下図に示した経路で合成される。最初の段階はグルコースを細胞内に取り込む段階である。肝臓ではグルコースは空腹時・摂食後に関わらず細胞内に自由に出入りするが,筋肉では摂食後のインスリンが分泌されてグルコース輸送酵素(GLUT4)が細胞内顆粒から細胞膜に移行したときにこれを介してグルコースが細胞内に輸送される。さらに下図に示すように細胞内に輸送されたグルコースはヘキソキナーゼの作用でATPを消費してグルコース-6リン酸に転換される。この後UTPと反応してUDPGとなった後にグリコーゲン合成酵素の作用でもともと存在していたグリコーゲンにグルコース残基が付け加えられる。この反応が繰り返されてグリコーゲンの糖鎖が伸長し,グリコーゲン量が増加する。この反応に関わるGLUT4,ヘキソキナーゼ,グリコーゲン合成酵素の量が運動によって増加することが実験で示されている。ウサギの下肢の筋肉に電気的刺激を加えて筋肉の収縮を繰り返すことによってGLUT4とヘキソキナーゼは共に1日で2.5倍に,21日で14倍に増加したことが報告されている。このことはトレーニングによって筋肉の収縮を繰り返しているとこれらの酵素量が増えることを示している。また別の実験でトレーニングによって筋肉のグリコーゲン合成酵素活性も増えること,さらに蓄えられるグリコーゲン量も増加することが示されている。なお,グリコーゲン合成には実験で増加することが示された酵素以外にも関与する酵素があるが,その酵素はもともと過剰に存在するのでさらに増えなくてもグリコーゲン合成の速度と蓄積量の増加は可能である。持久力が要求される競技でトレーニングの結果が成績に表れるのはこのことが理由の一つである。

 生体は環境に適応する能力を持っているので常に運動を行ってグリコーゲンを消費していればグリコーゲン合成活性もほどほどに維持される。しかし,記録を狙う運動選手がグリコーゲン合成系を活性化しようと思えば筋肉グリコーゲンが減少した状態で強めの負荷をかけてトレーニングを行うことが効果的であると思われる。グリコーゲンが減少しているとATPが供給しにくくなるので運動によってADPレベルが上昇してAMPが生成し易くなる。生じたAMPが引き金になってグリコーゲン合成に関わる酵素が合成されると考えられるからである。

 瞬発力を必要とする運動でも筋肉のグリコーゲン蓄積量は決定的に重要である。筋肉のパワーはグリコーゲン量に比例するからである。よく大相撲の解説者が「今場所の〇〇〇(力士)は体に張りもあって調子が良さそう」などと言っているが,これは十分に稽古をしていれば筋グリコーゲンが増えることによって筋肉全体の量が増えて体に張りができるためと思われる。筋肉のグリコーゲン量が筋肉量の2%(一般的には1%と言われているが)にまで増えれば質重量では8%増えることになる。力士の好調さを示す体の張りは稽古の積み重ねによる筋肉の増加と筋グリコーゲンの増加の結果である。

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