健康的な酒の飲み方7 ストレスを受けて空腹で飲むと骨が弱くなる

 前回にストレスを受けて酒を飲むと肝臓の細胞が壊死することを述べた。今までにラットにアルコールを飲ませて肝障害モデルを作ろうとした実験が行われてきたがすべて失敗に終わっている。一説にはラットの寿命(2~3年)が短いために肝障害が起る前に死んでしまうからだと言われていたが,この原因はラットはケージの中では全くストレスを感じないからではないかと思われる。もう十数年前のことであるがストレスがアルコールによる肝障害の原因であることを証明しようとして,ラットにアルコールを飲ませて,さらにストレスを与えた実験(ラットを狭い籠にいれ首から下を数時間水につける)をおこなったことがあるが,アルコールを飲ませなくてもストレスだけで肝臓の酵素が血中に漏出してしまった。ストレスが生体に対していかに大きな影響を与えるかが理解できる。酒を飲む・飲まないに関わらず,ストレスは避けたいものである。

 大酒のみは肝臓障害の他に骨が弱くなるとも言われる。これもストレス下で飲む事に因っている。肝臓ではアルコールから酢酸が生じるが血中にアルコールが残っている間はNADH2が生成し,このものの酸化に酸素が使われてしまうので酢酸は酸化されないが,アルコールが消失してNADH2生成が止まると酢酸は肝臓で酸化されて脂肪酸あるいはケトン体へと代謝される。この反応の最初の段階で酢酸が代謝される際にATPの分解でピロリン酸(2分子のリン酸が脱水して結合したもの,通常PPi で表す)が生じ,しかもこの反応がミトコンドリア内で起こるが,これがカルシウムと安定な化合物を作るために問題が起こる。

 ストレス,怒り,不安などによってアドレナリンが分泌されると肝臓ではα受容体に結合する。その結果,細胞内のカルシウム濃度が上昇し,これが引き金になって生体は状況に適応しようとするが,ここで問題となるのは肝細胞内カルシウム濃度の上昇である。カルシウムは細胞質でアドレナリンの作用を伝達すると,直ちにミトコンドリア内に輸送される。この結果,アドレナリンが分泌されると肝臓のミトコンドリア内でカルシウム濃度の上昇が起こる。この時,アルコールを飲んで生じた酢酸が代謝されると上で述べたようにピロリン酸が生じ,これがカルシウムと結合して安定なピロリン酸カルシウムが生成する。このとき蓄積するピロリン酸カルシウムの量は血中に存在する全リン酸量・カルシウム量に比較して有意な量となることがモデル実験で示されている。この結果,血中のカルシウム濃度が低下するので副甲状腺ホルモンが分泌されて骨から血中にリン酸とカルシウムが供給される。ところが蓄積したピロリン酸カルシウムは安定とはいえ,平衡状態にあるわずかの濃度のピロリン酸ピロリン酸分解酵素によって少しずつ分解するので時間が経てばピロリン酸カルシウムはすべて消失してリン酸とカルシウムを生じる。生じたリン酸とカルシウムは血中に放出されるが,副甲状腺ホルモンの作用で骨からリン酸とカルシウムが供給されているのでその分濃度が上昇する。血中ではリン酸とカルシウムはどちらが増えてもリン酸カルシウムが沈殿する濃度で存在しているので増えた分はリン酸カルシウムとして沈殿する。この様なことが繰り返し起こっているとリン酸カルシウムの沈殿により異所性石灰化が起こると同時に骨からのリン酸カルシウム放出が進行して骨が弱くなるってしまう。骨粗鬆症である。

 このようにアルコールによって骨が弱くなる原因はピロリン酸カルシウムが生成することに因っているが,この生成量はアドレナリン分泌とグルカゴン分泌(グルカゴン:空腹時に分泌され血糖濃度を上げるホルモンでインスリンの反対の作用を持つ)が重なった時に著しく増加することがモデル実験で示されている。したがって,食べながら飲むことである程度は防ぐことができる。しかし,多く食べれば肥満にも繋がるので注意を要する。

 酒を健康的に飲む最善の方法はほどほどに食べながら(美味しいものであればさらに良い)楽しく飲むことである。怒り狂った状態のとき,あるいは不安を抱えているときには酒は避けるべきである。