筋肉と健康  2

(2)赤筋と白筋

筋肉には瞬発力に優れた白筋と持久力に優れた赤筋の二種類があり,これらの間には使用するエネルギー源に大きな違いがある。白筋はミトコンドリアが少ないのでその組織内に酸素を運ぶミオグロビンを持つ必要がない。そのために赤くはなく白筋と呼ばれる。

運動時,白筋では食後の血糖濃度の高いときに合成して蓄えておいたグリコーゲンを無酸素的に乳酸にまで分解し,この時に遊離するエネルギーでATPを合成する。関与する酵素がすべて水溶性で細胞内に溶けた状態で多量に存在しうるので呼吸系に比べてATPの合成効効率は低いが反応速度が速く単位時間内に多量のATPを合成することができる。このため白筋は相撲,重量挙げ,短距離走など瞬発力を必要とする運動に適した筋肉である。魚においても流れの速いところに生息する魚は白筋が多く,一般に白身の魚と呼ばれる。しかし,蓄えられるグリコーゲン量が限られていること,および生じた乳酸を肝臓で処理をする必要があるために持久運動には向いていない。

赤筋はミトコンドリア内に取り込まれた脂肪酸を分解して生じたアセチル-CoAを呼吸系で酸素によって酸化してこの時に遊離するエネルギーでATPを合成する。酸素は血液中をヘモグロビンに結合した状態で運ばれるが,細胞内にはヘモグロビンより酸素に対する親和性の高いミオグロビンが存在し,これがヘモグロビンから酸素を受け取り,ミトコンドリア内の酸化酵素に渡す。赤筋が赤いのはミオグロビンを含んでいるためである。トレーニングをすることで筋肉のミトコンドリア量が増加するが,ミトコンドリアが増えるとミオグロビン量も多くなるので赤色がさらに強くなる。トレーニングを積めば積むほどミトコンドリアとミオグロビンが増加し,持久力が増すとともに赤色が濃くなる。

ミトコンドリアでATPを産生するには脂肪酸ミトコンドリア内への輸送,脂肪酸の分解,酸素のミトコンドリア内への輸送,限られたミトコンドリアの量のために脂肪酸を燃やしてATPを供給する速度はグリコーゲンからATPを生成する解糖系ほどは早くない。このため単位時間に多量のATPを消費する激しい運動には向いていない。しかし,脂肪は水を含まないで存在し,体内に多量に蓄えられていること,持っているエネルギー量が糖質より多いことのために消費するエネルギー総量が大きい持久運動のエネルギー源に適している。

 

(3)グリコーゲン

 グリコーゲンは数万個のグルコース分子が連なり,枝分かれ構造をもつ分子である(図3-1)。合成されるときは新たに供給されるグルコース残基(  で示す)が既に存在するグリコーゲン分子の末端に付けくわえられることでグリコーゲン分子が大きくなる。エネルギー源として使われるときには図3-2に示すように末端からグリコーゲン分解酵素(ホスホリラーゼ)の作用でグルコース残基が切り離されて利用される。グリコーゲン分子は多くの枝分かれ構造をもつのでグリコーゲンが多く残っているときは枝分かれも多く切り離されるグルコース残基も多いが,グリコーゲン量が減少してくると枝分かれの数が減少し切り離される量も減少する。切り離される量が減少することは供給されるエネルギー源の減少となるので解糖系で産生されるATP量も減少しパワーも出にくくなる。運動していると次第にパワーが減少するのはこのようにグリコーゲンが減少するためである。激しいスポーツを行う選手は筋肉のグリコーゲンタンクを満杯にして競技に臨むべきである

f:id:taisha1:20220220210354p:plain

 

f:id:taisha1:20220220210500p:plain



 持久運動では主なエネルギー源は脂肪酸と述べたが,後に述べるがグリコーゲンからの糖質の供給がないと脂肪酸も酸化されなくなり持久運動の持続ができなくなる。実際にアスリートで調べた結果であるが筋肉のグリコーゲン量が50%程度にまで減少すると持久運動を続けることができなくなることが報告されている。グリコーゲン量が半分になればグリコーゲンから供給されるグルコース残基も大幅に減少し運動の持続には役立たなくなるからである。

 グリコーゲンの合成速度は肝臓と筋肉とではかなりの差がある。肝臓のグリコーゲンは空腹時に低下した血糖を補うためのものであるので一回の食事でほぼ元のレベルに回復する。筋肉は総量が多いのでその合成速度が早いと問題が生じる。筋肉には1%ほどのグリコーゲンが含まれると言われている(湿重量1kgの筋肉に乾燥重量10 g のグリコーゲンが含まれる)。体内の筋肉量は多いのでこの合成速度が早ければ血中のグルコースレベルが低下して低血糖に陥る問題が起こる。例えば20kgの筋肉でグリコーゲン量が50%低下したとすると元に戻すのに100gのグルコースが必要である。茶碗一杯のご飯の乾燥重量は30g程度であるからすべてを筋肉のグリコーゲン合成に使っても3杯以上のご飯が必要である。実際には肝臓のグリコーゲンも合成しなければならないし,脳のために血糖濃度は維持しなければならない。このために激しい運動で限界にまで疲れた時には筋肉のグリコーゲン1,2回の食事で合成するわけにはいかず,元のレベルにまで戻すには数日は必要である。激しい運動をした後には数日間疲れが残ることはこのためである。

(4)筋肉のグリコーゲンが枯渇すると持久運動もできなくなる

 図4にアセチル-CoAがクエン酸回路で酸化されてATPが生成する代謝経路を示す。持久運動時に脂肪酸が燃えると生じたアセチル-CoAが筋肉内に蓄積する。これがピルビン酸脱水素酵素を阻害するためにピルビン酸は酸化されない。その結果グルコースの使用が止まって脂肪酸が利用される。

クエン酸回路でアセチル-CoAが酸化されるときはまずアセチル-CoAはオキサロ酢酸と反応してクエン酸が生じる。クエン酸はさらに代謝されてイソクエン酸となり,これがイソクエン酸脱水素酵素の作用でαケトグルタル酸となる。さらにクエン酸回路の数段階の反応を経て元のオキサロ酢酸となる。この間にアセチル-CoAとしてオキサロ酢酸に結合した2個の炭素原子と3個の水素原子は二酸化炭素や水としてすべて失われ,もとのオキサロ酢酸が残る。この過程で脱水素反応が4回起こり,生じた還元性物質(NADH2とFADH2)は電子伝達系で酸化されてH2Oを生じると同時にATPが産生される(図4)。筋肉ではATPをADPとリン酸に分解した際のエネルギーで運動のエネルギーが賄われる。

f:id:taisha1:20220220191410p:plain


アセチル-CoAが供給されればクエン酸回路の反応は繰り返しいつまでも続くように考えられるが,クエン酸回路は閉鎖系ではなく他の代謝経路とつながっているので代謝物が出入りしてその量が変動する。減少をきたす反応の一つがアミノ基転移酵素によるα-ケトグルタル酸の消費である。筋肉ではアミノ酸も酸化される。酸化の際にアミノ酸に含まれるN原子は余分となるのでアミノ基は除かれなければならない。このためにアミノ酸のアミノ基はα-ケトグルタル酸に移されてアミノ酸は対応するαケト酸(アスパラギン酸,アラニンに対応するαケト酸はそれぞれオキサロ酢酸,ピルビン酸)となるとともにα-ケトグルタル酸はグルタミン酸となる(図4)。生じたαケト酸の一部は直接,あるいは代謝された後クエン酸回路の代謝中間体となる,あるいは血中に出て筋肉以外で利用される。α-ケトグルタル酸から生じたグルタミン酸は細胞内で生じたNH3(一部のグルタミン酸グルタミン酸脱水素酵素によってα-ケトグルタル酸に戻される際に生じる)をさらに結合してグルタミンとなり血中を運ばれて体内で利用される(図4)。このように筋肉細胞中のα-ケトグルタル酸はアミノ酸代謝に伴って消費され,次第にクエン酸回路の代謝中間体も減少する。減少が進めばやがてはオキサロ酢酸もなくなってしまう。オキサロ酢酸がなければ脂肪酸からアセチル-CoAがいくら供給されてもクエン酸回路で代謝されなくなってしまう。生体はこれを防ぐためにグリコーゲンを分解してピルビン酸を生じ,このピルビン酸からオキサロ酢酸を生成してクエン酸回路に供給する(図4)。ピルビン酸からオキサロ酢酸を生じる経路を補充経路と呼ぶのはこのためである。この反応によってグリコーゲンが消費されるために脂肪酸をエネルギー源とする持久運動でもグリコーゲンが枯渇して脂肪酸の燃焼もできなくなり運動の持続ができなくなってしまう。ただマラソンのように過酷な持久運動では筋肉を働かせるには脂肪酸の酸化だけでは十分でなく,グリコーゲンを使った解糖系も一部働くのでグリコーゲンはさらに早く減少する。マラソンで30km過ぎたころに筋肉が動かなくなるのはグリコーゲンの枯渇によって脂肪酸が燃えなくなったことに因っている。持久運動のパフォーマンスを上げるにはあらかじめ炭水化物食を十分に摂って筋肉のグリコーゲンをしっかり蓄えておく必要がある。よくマラソンのレース直前に餅やうどんなどの炭水化物を食べる選手がいるが,食べることでインスリン分泌が上昇し,このために血中脂肪酸濃度が低下する(図2)。その結果,脂肪酸の利用が低下して,その分グリコーゲンが消費されるのでグリコーゲン枯渇に陥りやすくなってしまう。筋肉に蓄えられるグリコーゲンには限度があるが体内の脂肪は十分すぎるほどの量がある。持久運動のパフォーマンスを上げるには如何に脂肪酸を効果的に使うかが重要である。脂肪酸を効果的に利用するには食事の後3~4時間くらい経ってわずかに空腹感が出るころに血中脂肪酸濃度が上昇し始めるので,このころにスタートするのが良いと思われる。脂肪酸を効果的に利用することによって筋肉のグリコーゲン消費を上手に抑えることが持久運動のパフォーマンスを上げるコツである。