筋肉と健康4

2.健康編

(1)グルタミンの役割 

 グルタミンは白血球,小腸上皮細胞など増殖の速い細胞にとって極めて優れたエネルギー源となることが知られている。増殖の速い細胞では細胞分裂のためにタンパク質,DNA,RNAを合成しなければならず,そのためには材料の供給と多量のエネルギーが必要である。必須アミノ酸は食物から摂らなければならないが非必須アミノ酸の炭素骨格はグルコースから供給されるので,グルコースのほかにグルタミンがあればアミノ基が供給されて非必須アミノ酸はすべて体内で合成可能である。さらにグルタミンは容易にグルタミン酸,α-ケトグルタル酸に転換される。α-ケトグルタル酸はクエン酸回路で代謝されてATPを供給できる。またDNAやRNAは5種類の塩基,リン酸,さらに糖の一種からなるものであるが,塩基はすべてグルタミンとグルコースがあれば供給できるのでグルタミンはDNA,RNAの合成のためにも優れた栄養源となる。このような理由でグルタミンは増殖の速い細胞にとって極めて優れたエネルギー源である。白血球のエネルギー源が十分に供給されれば感染症に対して抵抗力が強くなるし,逆にエネルギー不足になれば免疫力が低下して感染症に罹りやすくなる。このようにグルタミンは増殖の速い細胞にとって優れたエネルギー源であるために,そして増殖の速い細胞が生体にとって需要な役割を担っているためにグルタミンの血中濃度も全アミノ酸の50%近くを占めるほど高く保たれている。

グルタミンは1-(4)で述べたようにアミノ酸に含まれるアミノ基(NH2-)がグルコースから供給されるα-ケトグルタル酸に移されて生じるグルタミン酸がさらにアミノ基を受け取って生成する。すなわちアミノ酸が酸化されると必ずアミノ基が残り,このアミノ基をグルコース代謝物が受け取ることで生成する。したがってアミノ酸代謝すればグルタミンが生成する。このグルタミンを多量に生成する臓器は肝臓と筋肉である。肝臓は窒素を排泄するためにグルタミンあるいはグルタミン酸から尿素を生成する臓器であるので肝臓で生成したグルタミンは尿素生成に使われるので他の組織で利用されることはない。肝臓以外の組織で利用されるグルタミンはすべて筋肉で合成されたものである。筋肉で合成するためにはタンパク質を摂って窒素源を供給しなければならない。免疫力の強い健康な体を保つのに最も大切なことはタンパク質食品を多く食べることである。グルタミンはタンパク質に含まれる最も多いアミノ酸であることに加えアミノ酸がエネルギー源として使われれば必ずグルタミンが生成するからである。肉食が免疫力を上げると言われる所以である。

 よく過度の運動で消耗した後に風邪を引くことがある。これは筋肉のグリコーゲンを使い過ぎて枯渇に近い状態になったときに起こりやすい。グリコーゲンが枯渇すればクエン酸回路へ基質の供給が出来なくなりα-ケトグルタル酸が減少する。その結果,グルタミン酸の減少に続きグルタミンが減少する。そうなればリンパ球がエネルギー不足に陥り免疫力の低下が起こるからである。これを防ぐには多めに肉を食べることである。また小麦粉の強力粉はグルタミン含量が高いのでスパゲッティなども良いと思われる。サプリメントとしてはグルタミンペプチドと呼ばれる小麦粉由来のグルテン酵素で部分的に分解して消化吸収を良くした製品が市販されている。私は風邪で熱が出たとき(出始めに)に10グラム程をぬるま湯に溶かして飲むがたいていの場合は風邪を引かないで済んでいる。

 もう一つ重要なことは日頃から運動を行って筋肉のグリコーゲン蓄積量が低下しないようにすることである。十分なタンパク質の接種と運動が健康維持の秘訣である。

 血中グルタミン濃度が高いことは白血球の増殖を促進して免疫力を高めるという優れた効果を示すが,良いことばかりではない。癌細胞も増殖が速くなるので癌患者では癌が悪化する可能性がある。グルタミンがNK細胞を活性化して癌細胞をやっつける可能性も期待できるが,癌細胞が勢いづく可能性もあり得る。若くて筋肉の発達した人では癌の進行が早いのはグルタミンが癌細胞の増殖を促進する結果と考えられる。

 

(2)内臓脂肪

  筋肉でも肝臓でもグルコースより脂肪が優先して利用されることはすでに述べてきたところである。これは生命維持に最も大切な脳の働きを確保するためである。そのメカニズムは脂肪の代謝産物がグルコースの酸化を阻害することに因っている。運動の負荷が上がって脂肪の酸化ではATP供給が間に合わなくなったときにのみグルコースが使われる。ただし,そのグルコースは血中のものではなくグリコーゲンである。これは血中グルコースがあくまでも脳のためのものであることに因っている。脳のためにグルコースを確保するため生体は摂食後に肝臓のグリコーゲン合成を最優先する。さらに生命を維持するためには餌を捕らなければならないので筋肉のグリコーゲン合成も優先される。そのあとで過剰となったグルコースは脂肪合成に使われて脂肪として蓄えられる。

 逆にエネルギーが使われるときには不要な脂肪から先に利用される。脂肪からの供給では間に合わなくなったときにグルコースが使われる。しかし,そのグルコースも血中のものではなく蓄えておいたグリコーゲンである。このようにグルコースに優先して脂肪が使われるメカニズムは脂肪の代謝によるグルコース酸化の阻害に因っている。

脂肪をグルコースに優先して使用するメカニズムはグルコースを脳のためにセーブする点においては好都合であるが,飽食の時代では別な問題を引き起こす。脂肪は空腹時に分解が促進されて脂肪酸の血中への放出が増加するものの,摂食後でもその量が少ないだけで脂肪酸の放出は起こっている。そのために特に脂肪太りの人では血中脂肪酸濃度の上昇も大きくなる。そうなれば体内の組織では脂肪酸が優先的に利用されてグルコースが利用されなくなる。

 脂肪といってもすべての脂肪に問題があるわけではない。体内には皮下脂肪とは別に内臓脂肪という脂肪が存在する。内臓脂肪は代謝回転が速く容易に合成されると同時に分解もされやすい性質を持っている。そのために内臓脂肪では放出される脂肪酸量も多くなる。内臓脂肪は体内の多くの臓器のまわりに存在するが特に問題となるのが腸間膜に存在する脂肪である。摂食後小腸ではグルコースアミノ酸が吸収されて毛細血管に入り肝臓に送られる。小腸のまわりに内臓脂肪が存在するとその中を通る毛細血管中に脂肪酸が送り込まれてグルコースと同時に肝臓に運ばれる。グルコース脂肪酸が肝臓に入ってくれば肝臓はグルコースより脂肪酸を利用する。その結果,血中グルコース濃度は上昇して糖尿病状態となってしまう。脂肪は皮下脂肪として蓄えられておれば安全であるが内臓脂肪がたまることが問題である。

 内臓脂肪の蓄積は健康維持にとって問題ではあるが,その代謝回転が速いことは運動によって減少しやすいことを示している。実際に運動を行ったとき皮下脂肪は減少しにくいが内臓脂肪は減少することが示されている。内臓脂肪の生成を防ぐには多量の脂肪が生成するような大食いは避けるべきであるが,普通に食事をしていてもある程度の内臓脂肪が生じる。一日のうちで空腹になる時間帯を作ること,運動,特に空腹時の運動で脂肪を燃やすことが重要である。特に間食で甘いものを食べて血糖濃度が上がっている状態で食事を摂ることは避けなければならない。

 

(3)小腸での脂肪の吸収

 小腸で吸収された脂肪が肝臓に送り込まれるとグルコースに優先して使われるために肝臓でグルコースが使われなくなる問題が生じる。それならば小腸で吸収された脂肪をどう輸送すればよいかが問題である。脂肪はグリセリンに3分子の脂肪酸が結合したものであるが,そのままでは細胞膜を通過できないので,一旦小腸の管腔内で2分子の脂肪酸グリセリンに1分子の脂肪酸が結合した化合物(2-モノアシルグリセロール)に分解された後に小腸上皮細胞に吸収される。小腸上皮細胞内でこれらから脂肪が再合成され,さらに合成された脂肪はキロミクロンと呼ばれるリポタンパク質に組み込まれる。

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小腸で吸収された糖やアミノ酸は毛細血管に入って肝臓に運ばれるが,キロミクロンはリンパ管に入って肝臓には運ばれないで,肝臓をバイパスして血管に入り脂肪組織に運ばれる。このように食物として摂取した脂肪はキロミクロンを形成して肝臓には運ばれないので肝臓で糖の利用を妨げることはない。

 ところが世の中には脂肪にならない食用油なるものが出回っている。この油の正体は図6.に示すように脂肪酸の炭素鎖の短い脂肪(MCFA:middle chain fatty acid),あるいは真ん中に脂肪酸が結合していない脂肪(1,3-ジアシルグリセロール)である。これらの脂肪は上皮細胞内でもとの脂肪に再合成されないのでキロミクロンを形成することはできない(図7)。

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そのために脂肪組織には運ばれないので確かに脂肪にはならない。しかし脂肪になれなかった脂肪酸は毛細血管に送られ,肝臓に運ばれる。摂食後に糖と一緒に脂肪酸が肝臓に運ばれると脂肪酸は糖に優先して使用され糖は利用されなくなるので血糖値が上昇する。若くてエネルギー消費量の大きい人ならば問題は起こらないかもしれないが,脂肪にならない油を使う人は脂肪太りが気になるような人,あるいは中年または初老の内臓脂肪が溜まっている人が多い。そのような人が“脂肪にならない油”を使えば血糖値が上がって糖尿病になってしまう。脂肪は脂肪組織に蓄えるのが一番安全である。