持久運動にも筋肉のグリコーゲンが必要である

 運動時には筋肉では脂肪酸が優先的に利用され血中のグルコースは利用されない。これは以前にも述べたように脂肪酸代謝されるとその代謝物がグルコースの酸化を阻害すること,およびグリコーゲン分解で生じたグルコースのリン酸化合物(グルコース6-リン酸)がグルコースの筋肉への取り込みを阻害するからである。しかし,運動の強度が低い間は脂肪酸のみがエネルギー源となるが,強度が上がると脂肪酸からだけではATP供給が間に合わなくなる。通常はATPの分解で生じたADPは直ちにATPに戻されるのであるが,ATPの供給が不足する事態に陥ると生じたADPをATPに戻す反応が進みにくくなりADP濃度がわずかであるが上昇する。ADP濃度が上がるとADPの2分子からATPとAMPを生じる反応が進みATPを供給しようとするが,この時強力な生理作用を持つAMPも生じる。その作用の一つがグリコーゲン分解の促進である。AMPがグリコーゲン分解酵素(ホスホリラーゼと呼ばれる)に結合するとこの酵素が活性化され,グリコーゲンが分解される。さらにAMPは解糖系の調節酵素も活性化する作用を持つので解糖系も促進されてATPが供給される。AMPは作用した後は速やかに分解されて尿酸を生じる。このために激しい運動の後には血中尿酸値が上昇する。

 筋肉で利用される脂肪酸は通常炭素原子16個から22個の炭化水素鎖を持つがこれが筋肉のミトコンドリア中で酸化的に分解を受けて多量のアセチル-CoAを生じる(下図)。アセチル-CoAはオキザロ酢酸と反応してクエン酸となりクエン酸回路で酸化される。クエン酸回路ではクエン酸は4回の脱水素反応で酸化されてオキザロ酢酸となるが,脱水素反応で生じた還元性物質,NADH2とFADH2,が電子伝達系で酸化されてその際にATPが生成し運動のエネルギー源として使われる。こうしてクエン酸の酸化で生じたオキザロ酢酸はまた新たに供給されたアセチル-CoAと反応してクエン酸を生成しATPを供給する(下図参照)。このように反応が繰り返し起こるならばクエン酸回路では脂肪酸を酸化していくらでもATPを供給できるのであるが,残念ながらそうは行かない問題がある。筋肉ではアミノ酸代謝を受けて利用される。アミノ酸が利用されるときにはアミノ酸に含まれるアミノ基(-NH2)を取り除かなければならないが,この時アミノ基を受け取ってくれる化合物がクエン酸回路代謝中間体のα-ケトグルタル酸である(下図参照)。α-ケトグルタル酸はグルタミン酸となりさらにはグルタミンとなって体内の組織で利用される。このような反応が起こると筋肉のクエン酸回路ではα-ケトグルタル酸が減少し,その結果クエン酸回路の代謝中間体が徐々に減少してゆく。放っておけばいずれオキザロ酢酸も減少するのでアセチル-CoAが脂肪酸から供給されてもクエン酸ができにくくなりクエン酸回路の代謝は停止してATPの供給はできなくなってしまう。ところが生体にはこの様な事態を防ぐための仕組みが備わっていて,グリコーゲンからピルビン酸が供給され,このピルビン酸からオキザロ酢酸が生じクエン酸回路に供給される(下図参照)。負荷の強い持久運動(筋グリコーゲンも消費する運動)を続けていれば筋グリコーゲンもエネルギー源として使われるのでいずれクエン酸回路にオキサロ酢酸を供給することができなくなる。そのような状態に陥れば脂肪酸から生じたアセチル-CoAもクエン酸回路で酸化できなくなり,ATP供給もできなくなってしまう。通常のヒトではどんなに痩せていても運動では使い切れないほどの脂肪を持っているがマラソンを走れば大抵は途中でエネルギー切れの状態になって走れなくなってしまう。これはグリコーゲンが枯渇してオキザロ酢酸を供給できなくなったためである。脂肪を燃やすためにはグリコーゲンが必要なのである。蓄積した脂肪は無尽蔵であるがグリコーゲンの蓄積には限度がある。マラソンを走り切るにはできるだけグリコーゲンの消費を抑えることとグリコーゲンの蓄積量を増やしておくことである。特に記録の向上を狙うならばグリコーゲンの蓄積量を増やしておくことは絶対である。

グリコーゲン蓄積量の増やし方は次回に述べる予定である。

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