筋肉と健康5

(4)コレステロールの問題

 食物として摂取した糖質は肝臓と筋肉でグリコーゲン合成に最優先して使われる。筋肉のグリコーゲンは運動のエネルギー源として蓄えられる。筋肉のグリコーゲンは動物が獲物を追っかけて捕まえる上で必須であり,肝臓のグリコーゲンは空腹時の血糖補給に使われ脳の機能を維持するためには必須なものである。この二つが無いと生体は生命を維持することができない。そのために生体は摂取した糖質はまず最優先してグリコーゲン合成に使い,過剰となったもので脂肪を合成してこれを脂肪組織に蓄える。このとき脂肪と同時にコレステロールも合成される。したがって当然のことながら大食いすれば脂肪がたまりコレステロール値の上昇が起こる。逆に脂肪太りや高コレステロールを防ぐには運動で筋肉のグリコーゲンを消費しておき,さらに空腹になるまで食事を我慢することによって肝臓のグリコーゲンをできるだけ減らしてほどほどの量を食べることである。肝臓で合成された脂肪やコレステロールはVLDLと呼ばれるリポタンパク質を形成して肝臓から体内の各組織に運ばれる。VLDLは脂肪組織(皮下脂肪や内臓脂肪)に脂肪を渡したあと悪玉コレステロールであるLDLを生じる。小腸で吸収された脂肪やコレステロールはキロミクロンを形成して脂肪組織に運ばれるが,キロミクロンからはLDLを生じないので肝臓で糖質から合成される脂肪やコレステロールのほうが食物として摂取したものより健康維持には良くないと言うことができる。糖質は優れたエネルギー源であり必要なものであるが大食いは健康の敵と思わなければならない。

 体内でコレステロールは胆汁酸,ステロイドホルモン,ビタミンDなどの合成に使われるが,その中で最も多く使われるのが胆汁酸合成である。胆汁酸は肝臓で作られ,胆嚢から十二指腸に分泌され脂質の消化をし易くする作用を持つ物質である。1日に30グラム程分泌されるが,90~95%は小腸で再吸収されて肝臓に戻される。したがって少なくとも1.5グラムは糞便中に排泄されるので1日に食品から摂取する分と肝臓で合成される分がこれを越えなければコレステロール値が上昇しないはずである。一方,食品に含まれるコレステロールは最も多いと言われる卵黄で1個あたり260mgである。また肉に含まれるコレステロールは100gあたり60mg程度であるから1日に肉200gと卵2個食べてもコレステロールの摂取量は640mgである。1日の許容量の半分にも満たない。肝臓で糖質から合成される量の方がかなり多いのである。一般においしい食べ物には脂質が多く含まれるのでコレステロールが多いからと言って食べないのはバカバカしいことである。大事なことは糖質の食べ過ぎを避けることである。しかし,糖質は脳が必要とする重要なエネルギー源である。1回の食事ではご飯茶碗に軽く一杯分の糖質は食べるべきである。

 

(5)コレステロールは本当に悪者なのか

 世の中ではコレステロールは健康の敵のように言われているが,20数年ほど前にコレステロール悪者説をひっくり返す論文が信頼度の極めて高い雑誌に発表された。血中コレステロール値は220mg/dLを超すと高コレステロール血症と診断されコレステロール合成を抑える薬を飲まされることになっているが,その論文によればコレステロール値の高い人ほど健康で長生きをするということである。下図は血中コレステロール値が190mg/dL以下の人(低い人),190~250mg/dLの人(中くらいの人),250mg/dL以上の人(高い人)に分けて,それぞれの心疾患,感染症,癌での死亡率,さらに総死亡率を示したものである。

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感染症や癌での死亡率もすべての病気での総死亡率も血中コレステロール値が高い人で最も低く,その値が低い人で最も高い結果が得られている。コレステロール値が高いと循環器系では死亡率が高くなることが予想されるがそれでも3群に差はなかった(図8)。この結果は悪者扱いにされてきたコレステロールを見直さなければならないことを示している。多くの人はコレステロール値が上がらないように食事制限を行っているがこの努力があまり意味のないことになる。少なくとも現在220mg/dL以上を高コレステロール血症としている基準は変更すべきである(最近の健康診断の結果を見ると基準値の上限は250mg/dLとなっている)。

 

(6)コレステロールから作られるビタミンD

最近の報告では血中ビタミンD濃度が30ng/mL以上の人はコロナ感染をしにくい,あるいは感染しても死亡率が低いと言われている。ビタミンDの受容体が免疫に関わる多くの細胞に発現していることと合わせて大変興味深いことである。

体内のビタミンDは食品由来のものが50%,血中のコレステロール代謝物から体内で作られたものが50%と言われている。食品由来のものもコレステロール由来のものも共に紫外線の作用でビタミンD前駆体となった後に肝臓と腎臓で代謝を受けて活性型ビタミンDとなる。このビタミンDが免疫系においても機能していることがオレゴン大学ライナスポーリング研究所からの論文で紹介されている。このタイトルが「ビタミンD」の論文は日本語で一般向けに書かれており,ネットで「ビタミンD ライナスポーリング研究所」と入力して検索すれば容易に見つけることができるので興味のある方は是非読んでいただきたい。

コロナウイルス感染による重症化は免疫系の暴走も一因と言われているが,ビタミンDは免疫系の強化のほかに,免疫系の調整も行うことが言われているのでこの作用が重症化を防いでいると思われる。新聞紙上でスポーツ選手のコロナ感染が報道されるが,野球選手やサッカー選手では殆どが軽症または無症状で済んでいるようである。これは彼らが太陽の下で紫外線を浴びてビタミンDを作り,筋肉を鍛えてグルタミンを増やしていることに因っていると思われる。

またビタミンDには感染症予防以外に癌の発生や死亡も減少させる作用があることが上記「ビタミンD」論文に述べられている。血中の活性型ビタミンD量が20ng/mL増加するとがん全体の発生率が11%,死亡率が17%低下するということである。緯度が高いところに住んでいる人では乳がんによる死亡率が高くなると言われるが,これもビタミンDレベルの低下に因っていると思われる。

コレステロール値の高い人が低い人より感染症や癌での死亡率が低いという図8の結果はコレステロール代謝物から作られるビタミンDに因っていると言いたいが,そのためにはコレステロール値と血中ビタミンD濃度の関係を調べる必要がある。

 ビタミンDの1日に必要な接種量は成人では8.5μgと言われている。多く含む食品としてイワシ丸干し(1尾30g):15μg,サンマ(1尾100g):14.9μg,カレイ(1尾100g):13μgなど魚に多いが,特にサケ(1キレ80g)には25.6μgと多く含まれている(干しシイタケには多いと言われているが1個(3g)に0.4μgである)。これら含有量の高い食品を摂ると同時に日光を十分に浴びていればまずビタミンDが不足することはないと思うが,十分でないようと思われるならサプリメントでとることも可能である。

  コレステロールはこのようにビタミンD合成に使われ健康維持に大きく役立っているにもかかわらず成人病の原因物質のレッテルを貼られてきた。なぜ悪者扱いにされてきたのであろうか。この問題に関して有力な説が提出されているが,その説に因れば真犯人は植物油に多く含まれるリノール酸ということである。リノール酸はn-2(ω-2)に属する必須脂肪酸であるが,このものからは体内でエイコサノイドと呼ばれる生理活性物質が生成する。その中にはロイコトリエンという炎症を引き起こす物質がある。このものは生体が機能するうえで重要な役割を持つ物質であるが,植物油を多く摂りすぎると炎症が必要以上に起きやすくなる。特に血管内にコレステロールが多く存在する状態で炎症が起こると血管が塞がれて虚血性疾患となってしまうということである。この説によればコレステロールだけでは問題が起こらないが,植物油の摂りすぎで炎症が起きやすくなることが問題であるということである。近年,消費が年々増加している植物油がその共犯者である可能性は大きいように思われる。

 

(7)タンパク質による関節痛予防

 運動によって過剰な脂肪を燃やすことは健康を維持する上で欠かせないが,老人では少しの運動で関節痛が起こり運動が出来なくなってしまう。関節滑液や軟骨にはヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸といったアミノ糖(アミノ基を持った糖)を含む化合物が存在するのでこれの補給を改善すれば関節痛を防ぐことができる可能性が考えられる。アミノ糖の中心となるものはグルコサミンであり,このものはグルコース代謝物とグルタミンが反応して生成する。普通に食事をしていて不足がちになる成分はタンパク質である。タンパク質さえ十分に摂っていたら,余程の無茶な運動をしない限り関節痛になることはないと思う。サプリメントとしてのグルコサミンに効果があるかどうかは分からないが,そのような怪しげなものを使わなくても肉や魚をやや多めに食べていたらグルコサミンが合成されて関節痛に悩まされることはないはずである。タンパク質は免疫力だけでなく関節をも丈夫にしてくれる栄養成分である。

 テレビのコマーシャルでグルコサミンにコラーゲンやコンドロイチンを加えたものの宣伝を見るが,こんなバカなことをテレビで放送するのかとあきれるばかりである。生体成分であるからと言って食べて効果があるとは限らない。コラーゲンはタンパク質であるから食べれば消化管中でアミノ酸に分解されてしまう。タンパク質のままで吸収されることはない。その機能を期待して高分子化合物のサプリメントを使うことは絶対にしてはならない。高分子化合物がそのまま消化管から吸収されることは絶対にない。消化されればタンパク質はアミノ酸に,またヒアルロン酸,コンドロイチン(硫酸),プロテオグリカンなどは高分子化合物であるからその構成成分に分解されてしまう。そのものの機能は維持されることはない。コラーゲンのような美味しくもなく高価なサプリより肉を食べた方が余程ましである。さらにコラーゲンを体内で合成するにはアミノ酸のほかにビタミンCが必要である。コラーゲンを増やそうと思えばタンパク質を食べてビタミンCを供給することが一番である。高分子化合物は食べれば分解されるので体内で機能が期待できると思うのは大きな間違いである。