血中コレステロール値を下げることの問題点

 前回はコレステロール合成阻害薬(スタチン)によってコレステロール合成を抑えようとするときユビキノン(コエンザイムQ10 又はCoQ10とも呼ばれミトコンドリアに存在してATP合成をおこなう電子伝達系の成分として機能する物質) 合成も抑えられるために筋肉に問題が生じる可能性を述べた。コエンザイムQ10サプリメントとして販売されているが,摂取したコエンザイムQ10がそのまま消化管から吸収されて筋肉のミトコンドリアに輸送されるかどうかが問題である。生体は自分で合成する物質についてはその分解系を備えているのが普通であるので分解される可能性が高い。経口的に摂取したコエンザイムQ10がたとえごくわずかな量であってもミトコンドリアにまで輸送されたという証明がなされない限りコエンザイムQ10摂取の効果を信用することはできない。

 ところが最近,ミトコンドリアの機能に影響を与えないでコレステロール値を下げる良い方法に気が付いた。ヒトの体内では1日に30グラムのコレステロールが胆汁酸合成に使われる。胆汁酸は界面活性剤の作用を持っていて腸管で脂肪を分散させてリパーゼによる分解を受けやすくするものである。役割を終えた後,分泌された胆汁酸の95%は小腸で再吸収されて肝臓に戻り,1.5グラムほどが糞便とともに排泄される。要するにコレステロールは1日に約1.5グラムが胆汁酸となって消費される。コレステロールは他に副腎皮質ホルモン,ビタミンD,性ホルモン合成などにも使われるがこれらの量はわずかであって無視しうる量である。したがって胆汁酸として排泄される量を増やすことができればコレステロールの蓄積を抑えることが可能となる。生活の中で胆汁酸の排泄量を増加させるのは下痢である。下痢のときは胆汁酸の多くが再吸収されずに排泄されるのでコレステロール値が低下するはずである。しかし,下痢が起これば栄養源の吸収もできなくなり,頻繁に起こっていては大変である。ところが最近グーフィス(商品名)という便秘薬が小腸での胆汁酸再吸収の阻害薬があることを知った。胆汁酸が大腸内に多く残れば便が軟らかくなるということである。この便秘薬を使えば排泄される胆汁酸量を増やしてコレステロール値を下げることが可能である。また,便秘でない人がこの薬を使えば便が軟らかくなりすぎることがあるが,その時は使う量を少なくするか,間隔をあけて飲むようにすればよい。この薬ならばコレステロール合成を阻害しないのでコエンザイムQ10合成が抑えられる心配はない。私は先日循環器内科の先生よりグーフィスを処方していただいたので3ヵ月後の検査が楽しみである。

 ただ気になるのはコレステロール値の基準値の問題である。20年ほど前に血中コレステロール値と死亡率の関連を調べた興味深い論文が発表されている。血中コレステロール値が190 mg/dL 以下の人,190~250 mg/dL, 250 mg/dL以上の人の3グループに分けて長期間の追跡調査を行ったところ,250 mg/dLを越える人の方が癌での死亡率,感染症での死亡率,総死亡率すべてで低く,190 mg/dLのグループが最も死亡率が高かったことが報告されている。なお,心疾患での脂肪率には3つのグループで差が認められなかった。現在はコレステロール値220 mg/dLを越すと高コレステロール血症と診断されコレステロール合成阻害薬を飲まされる。現在の基準となっている220 mg/dLという値は見直されるべきと思われる。