持久運動の前の糖質補給は間違っている

 もう一か月ほど前のことですが,テレビの「林修の今でしょ講座」で正しい歩き方についての放送がありました。その番組では有酸素運動で脂肪を燃やすには糖が必要であるので運動前に糖質の補給をしておくべきであるとのことでしたが,これは全くの誤りです。確かに体内で脂肪が筋肉で酸化されるときには脂肪由来の物質が糖から供給された物質と反応しなければならないので糖は必要ですが,この糖は血液中の糖からではなく,筋肉に予め蓄えられていたグリコーゲンから供給されます。したがって有酸素運動に必要な糖は運動間際に補給するのではなく,4,5時間前までに十分な糖質を摂取して筋肉のグリコーゲンを増やしておくことが必要です。一流のマラソンランナーでも30 km過ぎにエネルギーが枯渇して走れなくなることがありますが,これは筋肉のグリコーゲンが枯渇して起こる現象です。筋肉が血中の糖を使ってくれるなら走れなくなったときに糖の補給をすれば回復するはずですが,そんなことでは回復しません。筋肉は運動時に血糖を使わない機構が備わっています。もし筋肉が運動時に血糖を使ったならばたちまちのうちに低血糖状態に陥って生命の維持すら難しくなります。血中の糖はすべてで5グラム程しかありません。一方,徒歩でも1分間に5 kcalを消費するので,もし運動時に血糖が使われるなら4分間も歩くだけで血糖は無くなり生命も危なくなります。肝臓はタンパク質から生じたアミノ酸や筋肉で生じた乳酸から糖を作りますがその量は1分間に0.1グラムでしかありません。運動時に筋肉は血糖を使うことができませんし,実際に使いません。しかし,中距離走などで頑張りすぎると血糖を使わない仕組みが破綻をきたし血糖が使われることがあります。この時は走り終わって低血糖に襲われるために嘔吐を催すことになります。

 運動前に糖質を摂取すると具合の悪いことも生じます。有酸素運動ではいかに多くの脂肪を燃やすかが大切なことですが,運動前に糖を摂取するとインシュリンが分泌され,脂肪組織での脂肪の分解が抑えられて血中の脂肪酸濃度が低下します。そうなると筋肉での脂肪(実際は脂肪酸)の利用が低下し,その分余計に筋肉のグリコーゲンが使われることになります。グリコーゲンが無くなれば運動の持続が不可能になります。持久運動ではいかに脂肪を多く利用するかが大切です。日本では“腹が減っては戦ができない”などと言われレース前に餅などの糖質を摂取する習慣があるようですが,マラソンのような持久運動には逆に悪い結果をもたらすことになります。筋肉のグリコーゲンは運動をしない限り減少しないので4,5時間前までに糖質を摂って十分筋肉のグリコーゲンを蓄え,少し空腹感を感じるような状態(血中脂肪酸濃度が上がる)でレースに臨むべきです。体脂肪を減らすためにジョギングをする人も空腹時に行えば効果的です。