インターバル速歩は高齢者に適した運動である

 大学のある研究室が企画した運動(インターバル速歩)による健康増進に関する研究に協力して数カ月前からインターバル速歩を始めた。私が行っているインターバル速歩は3分間ゆっくり歩いた後に3分間速歩で歩くのを繰り返す運動である。通常は1時間~1時間半くらい繰り返し歩いている。私は椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄で歩くこともできなくなり昨年の春に手術を受けたのであるが,その後で左大腿部のまわりが右に比べて5cmも細くなり筋力も大きく衰えていることに気づいた。この数カ月インターバル速歩を実行してきたところ左大腿部の太さが右と差がなくなり筋力も戻ってきた。普通のウオーキングをしていても戻ったかもしれないがインターバル速歩が効果を上げたような気がしている。私は普段から週に2~3回は8kmくらいウオーキングをしていたのであるが,その時はなかなか筋力が回復しないと感じていたからである。インターバル速歩はウオーキングに比べるとかなりきつく,その分体力増強に効果があるように感じている。どのような効果が期待できるか述べてみたい。

・筋肉は強度の弱い運動時には脂肪を使う

 筋肉は軽い運動では脂肪を燃やし,負荷が強くなるにしたがってグリコーゲンをエネルギー源とする。グリコーゲンは無数のグルコースが連なった高分子化合物である。肝臓と筋肉は摂食後にグリコーゲンを合成して蓄えるが,肝臓では空腹時の血糖補給に,筋肉では運動時のエネルギー源として利用される。脳はグルコースしかエネルギー源としないために血糖が下がりすぎると脳が機能できなくなり生体は死に至る。また生きて行く上で獲物を捕ること,危険から逃れることは避けられないことであるが,これらは通常は負荷の強い運動でありグリコーゲンがエネルギー源となる。ヒトでは血糖は5 gしかない。この量はジョギングでも7~8分間で枯渇してしまう。全力で走ればたちまちのうちに枯渇して生命の維持ができなくなってしまう。これを防ぐために生体には運動時に血糖を使わず筋肉のグリコーゲンを使う仕組みが備わっている。また運動のために筋肉にグリコーゲンが蓄えられているとは言えグリコーゲンの量には限りがあるのでこの消費をおさえなければならない。そのために筋肉は脂肪を優先して利用する。負荷が強くなって脂肪からのエネルギー供給では間に合わなくなるとはじめてグリコーゲンを利用する。

・摂食後はグリコーゲンの合成が優先して行われ過剰な糖質から脂肪が合成される

 グリコーゲンは血糖の維持,獲物の獲得,危険から逃れるなど生命を守るうえで必須なものであるので生体は摂食後には最優先してグリコーゲンを合成する。その後で過剰となった糖質から脂肪を合成する。したがって一定量の食事を摂った後に脂肪の合成を少なくしようとすれば空腹状態になるのを待って肝臓のグリコーゲンを減少させ,さらに運動で筋肉のグリコーゲン量を減少させて食事を摂ればよいことになる。筋肉のグリコーゲンは空腹となっただけでは減少しない。空腹になっただけで筋肉のグリコーゲンが減少したのでは空腹時に獲物を捕れなくなってしまう。筋グリコーゲンは運動をすることではじめて減少する。ウオーキングのような負荷の弱い運動では脂肪がエネルギー源として使われるので体内に貯まった脂肪を減らすには適しているが,グリコーゲン量を下げる効果は低い。筋肉のグリコーゲンを減らすには負荷の強い運動が必要である。空腹になることで肝臓のグリコーゲンを減らし,さらに負荷の強い運動で筋肉のグリコーゲンも減らして食事を摂ると脂肪合成はその分減少する。このような食事の仕方は脂肪だけでなくコレステロールの合成も抑える。コレステロールの合成も摂食後の血糖濃度の高いときに脂肪合成とおなじ化合物が出発材料として使われからである。

ウオーキングと速歩のエネルギー源

 脂肪は脂肪組織(主に皮下脂肪)で分解されて脂肪酸として血中に放出されて体内の組織で利用される。脂肪酸が筋肉で燃やされるときは細胞内のミトコンドリアという顆粒に運び込まれ,さらに多くの反応段階を経なければならない。このために脂肪酸の酸化では反応速度が遅くなり短時間に多量のエネルギーを要する運動には不向きである。一方,グリコーゲンから乳酸を生じる反応では効率は低いが反応に係わる酵素量が多いために短時間で多量のエネルギーを生み出すことが可能である。激しい運動を行うと血中乳酸濃度が上昇するのはこのためである。普通のウオーキングでは脂肪酸の酸化でエネルギーが供給できるが,速歩のようにエネルギーをやや多く使う運動では脂肪酸からだけでは間に合わず,筋肉はグリコーゲンも使わざるを得なくなる。

 軽く歩くのも健康維持には役立つが,可能ならば呼吸数がほどほどに上昇して筋グリコーゲンを消費する運動が望まれる。あまり激しい運動は膝などの故障を引き起こすので特に高齢者は避けるべきであるが,速歩程度であれば可能である。速歩といえども長時間続ければ疲れて持続できなくなるのでインターバル速歩のようにゆっくり歩きと速歩を組み合わせた運動が高齢者には適している。

・筋肉を鍛えることの意義

 脂肪を燃やすだけの軽い運動より負荷の大きなグリコーゲンを使う運動が健康増進になぜ優れているのだろうか。それは負荷の強い運動が筋肉を鍛えることになるからである。ヒトは環境に適応する性質を持っている。筋肉に強い負荷をかけて運動を続けていると筋肉はその量を増して強くなる。筋肉が強化されれば運動ができて体力の衰えを防ぐことができる。さらに筋肉を強くするトレーニングを続けているとグリコーゲン合成に関わる酵素の量も増えて蓄えられるグリコーゲン量も増加する。筋肉が強くなれば運動でより多くのエネルギーを消費して脂肪を燃やすことが可能となるし,グリコーゲン蓄積量が増えれば持久能も向上する。なぜ脂肪酸を主なエネルギー源とする持久運動のパフォーマンスがグリコーゲンの増加によって改善されるかというと脂肪酸を燃やすにはグリコーゲンから供給される代謝中間体が必要だからである。マラソン選手がよく30 kmを過ぎたあたりでガス欠状態に陥って走れなくなるのはグリコーゲンが枯渇してしまうからである。脂肪酸を燃やすには糖質が必須なのである。

もう一つ大事なことは筋肉のグリコーゲン量が増えるとグルタミン合成能が向上することである。筋肉はグルタミンの産生臓器であり,グルタミンはグリコーゲンの代謝産物とタンパク質から供給される窒素を使って合成される。グルタミンは糖質から炭素骨格が供給されればこれに窒素を与えてすべての非必須アミノ酸を合成することができるのでリンパ球のような増殖の速い細胞にとって優れた栄養源となる。リンパ球は免疫に関わる重要な細胞であるからグルタミン供給能が改善されると免疫力が高くなり細菌やウイルスによる感染を防ぐことができる。要するに筋肉を鍛えておけば活発に運動ができるだけでなく,免疫力が強くなって病気になりにくい体となるのである。

 

 高齢者は運動をしないでいると体が衰えてしまう。無理な運動をすれば膝などに故障が起きる。故障を起こさない範囲で適度な負荷をかけた運動が望ましい。インターバル速歩はまさに高齢者や体力が弱いと思っている人に適した運動であると思われる。