健康的な酒の飲み方6 酒は楽しく飲むべし

 ビール一本,あるいは清酒一合飲むと4時間の間は肝臓で使われる酸素はすべてアルコールを酢酸にまで酸化するために使われることはすでに述べたところである(6月24日の本記事参照)。そのために生じた酢酸は肝臓では酸化されないで筋肉に運ばれて酸化される。酸素がアルコールの酸化に使われても脱水素酵素系が働けばNADH2が生じ,これがミトコンドリアで酸化されてATPが産生されるので肝臓は機能することができる。しかし,毎日のようにアルコールを飲む習慣があると程度の差はあるもののMEOS(6月10日本記事参照)が誘導される。MEOSが働くとアルコールの酸化に直接酸素が使われるのでその分酸素はATP生成には使われない。このためにMEOSが肝臓内に発現すればするほどアルコールを飲んだ際に酸素不足が起こりやすくなる。しかし,特別のことが起こらない限り通常はアルコールを飲めば心拍数も上がり血流量も増えるので大きな問題は起こらないが,アドレナリン分泌量が増えているときには深刻な問題が生じる。

 アドレナリンは恐怖や怒り,不安などのストレスによって分泌されるホルモンである。アドレナリンなどのホルモンは細胞表面に存在する受容体に結合することによってその作用を細胞内に及ぼすのであるが,アドレナリン受容体にはα受容体とβ受容体の2種類が存在する。α受容体が作用すると血管収縮,β受容体が作用すると血管拡張が起こる。β受容体の方がアドレナリンに対する親和性が強いので低濃度のアドレナリンではβ作用が強く血管拡張が起こるが,濃度が高くなるとα作用が強くなって血管収縮が起こる。体内にはα受容体のほうが多く存在しているためにアドレナリン濃度が高くなると血管は収縮する。怒って顔が赤くなる場合と青くなる場合があるが,怒りの程度が低い間はβ作用で血管拡張が起こるが,その度合いが強くなってアドレナリン分泌が増えると血管収縮が起こるので青くなるのである。なお,アドレナリンは肝臓ではα受容体を介して作用するという信用できる報告がある。

 アルコールを飲んだときには肝臓はぎりぎりの酸素量でその機能を維持しているので,この時に多量のアドレナリンが分泌されて血管収縮が起こると肝臓は酸素不足に陥り,ATP濃度が低下して肝細胞の壊死が避けられなくなる。多飲の習慣によりMEOSが誘導されている人では事態は特に深刻である。大酒でなくても飲酒の習慣があればMEOSはある程度は発現しているのでストレス下での飲酒は避けなければならない。特に,怒り狂って,あるいは不安や恐怖を抱えての飲酒は絶対に避けなければならない。嫌な上司との飲み会などは欠席するに限る。また,ヤケ酒も飲むことによってきれいさっぱり忘れることができるようなときには結構であるが,飲んでも忘れることのできないような深刻な問題を抱えた時には飲むべきではない。酒を飲む・飲まないにかかわらずアドレナリン分泌が上昇する事態は避けなければならないが,アルコールを飲んだ時には特に気を付けなければならない。酒は楽しく飲むべきである。

 MEOSは別名CYP2E1と呼ばれる酵素で,酸素を活性化して疎水性の薬物を水酸化することで水に溶けやすくする作用を持っている。MEOSは活性酸素を生じる性質があるのでアルコールを飲まなくてもMEOSによって肝臓が障害を受ける。MEOSは肝臓に現れないほうが良いのである。残念ながらMEOSはどれだけのアルコールをどれだけ飲み続ければ肝臓に誘導されるのか,どれだけの期間飲まなければ消失するかについて詳しくは分からないが,大酒を飲んでも悪酔いしない人はMEOSが多量に発現していると思って間違いない。