ミトコンドリアを増やす

 もう一つ,持久力を増強する方法はミトコンドリアを増やすことである。持久運動時には脂肪酸ミトコンドリアで燃やされて生じるATPが主なエネルギー源となるが,これだけではパワー不足である。運動時にはグリコーゲンをも分解し,これを解糖系で代謝することで不足のエネルギーが補われる。したがってミトコンドリア量が増えて脂肪酸酸化によるATP供給が増加すればその分グリコーゲンの消費量は減少し,持久力が向上する。

 細胞内のミトコンドリアの量は臓器によって大きく異なっているし,同じ臓器でも人によっても異なる。酸素をよく使う臓器では特にその量は多く,酸素消費の少ない臓器では少ない。牛肉は濃い赤色であるが,豚肉は赤色が薄い。これは牛肉ではミトコンドリアが多く,このために筋肉細胞中で酸素を運ぶミオグロビン(ヘモグロビンによく似たタンパク質で血液のヘモグロビンから酸素を受け取りミトコンドリアに渡す作用を持つ)が多いためである。ミオグロビンが多い(赤色が濃い)ことはミトコンドリアが多いことを示し,ミトコンドリアが多ければ持久力に優れた筋肉となる。

 どのような機構でミトコンドリアが増えるかについては今までの研究でAMPによって活性化されるタンパク質リン酸化酵素(AMPK)の作動が引き金になってミトコンドリア形成が開始することが示されている。運動で筋肉がATPを消費するとADPが生じるが,通常はミトコンドリアの働きで直ちにATPに戻される。このときアデニル酸キナーゼという酵素の作用でも 2ADP→ATP + AMP の反応が起こりATPが補給される。生じたAMPはその生理作用が強いために通常は速やかに分解されて尿酸を生じる。しかし,グリコーゲンが枯渇した条件下で,さらに強い負荷が長時間続いた時には通常よりもADP濃度が上昇し,それに伴いAMP濃度も上昇する。そうするとAMPによってAMPKが活性化されてミトコンドリア形成の反応が起こる。要するに強い負荷の運動を行えばAMPが生じてミトコンドリアが増えることになる。

 この様なことからアスリートが筋肉のミトコンドリアを増やそうと思えば筋肉のグリコーゲンを枯渇させた状態でトレーニングをできるだけ長時間行うことが効果的と考えられる。マラソンでの持久力をつけるにはグリコーゲンを消耗する負荷の強い運動を行った後で持久走を行うのが効果的と思われる。ラグビーやサッカーでは体力が十分残っている間に技術をみがく練習や瞬発力をつける練習を行い,体力を消耗した後に持久力をつける練習を行うのが良いと思われる。