健康的な酒の飲み方 1.アルコール代謝に関わる酵素

  今回から健康に大きな影響を与えるアルコールの話をしたいと思う。世間では多飲は健康に悪い事になっているが,世の中にはかなりの量を飲んでいても健康な人がいることはアルコールは飲み方次第で安全な食品となり得る事を示している。アルコールの代謝の話を始めるにあたって,まずその基本となるアルコール代謝に関わる酵素について話したいと思う。

アルコール(エタノール)は肝臓で酸化されてアセトアルデヒドを経て酢酸を生じる。肝臓ではこの際に還元性物質(NADH2)生じる。NADH2ミトコンドリアの電子伝達系で酸素によって酸化されるが,アルコールから生じる多量のNADH2のためにクエン酸回路は働かないので(クエン酸回路はNADH2を生じる代謝系のためにNADH2が多くなると反応が進まなくなる),生じた酢酸は肝臓で酸化されないで筋肉など肝臓以外の臓器で代謝される。アルコールから酢酸が生じる反応は主にNADH2を生じる脱水素酵素系とこれとは全く異なった水酸化酵素系の二種類の酵素系によって以下のように行われる。主として働く系は脱水素酵素系であるが,これにはアルコール脱水素酵素アルデヒド脱水素酵素がある。水酸化酵素系はアルコールを常時飲んでいると誘導されるMEOSと呼ばれる酵素である。 

☆脱水素酵素系:アルコール脱水素酵素①とアルデヒド脱水素酵素②の反応

エタノール + NAD →  アセトアルデヒド + NADH2  ------------------① 

アセトアルデヒド + H2O + NAD → 酢酸 + NADH2 --------------------② 

☆水酸化酵素系:MEOSの反応③,④

エタノール + NADPH2 + O2   → アセトアルデヒド + NADP + 2H2O -------③

アセトアルデヒド + NADPH2 +O2 → 酢酸 + H2O + NADP -------------------④ 

③,④の反応では還元性物質NADPH2が登場したがNADH2とよく似た物質と思っていただきたい。脱水素酵素系と水酸化酵素系の大きな違いは脱水素酵素系では還元性物質(NADH2)が生じるのに対し,水酸化酵素系では還元性物質(NADPH2)を消費することである。後に述べるようにアルコールによる悪酔い(低血糖状態)の原因がNADH2濃度の増加によるのでこの違いは重要である。

脱水素酵素系では①,②の2段階の反応により,エタノールは脱水素を受けて酢酸に転換される。このとき酸化還元反応補酵素NADは水素を受け取って還元型のNADH2となり,ミトコンドリアの電子伝達系で酸化されてATPを生成する。②の反応を触媒するアルデヒド脱水素酵素には普通型と強力型の2種類の酵素が存在する。普通型はアセトアルデヒドに対する親和性が低く,アセトアルデヒド濃度が比較的高くならないと反応が進みにくい性質を持っている。強力型はアセトアルデヒドに対する親和性が高いために,ごく低濃度のアセトアルデヒドであっても②の反応を進めることが出来る酵素である。ところが東洋人の中にはこの強力型アセトアルデヒド脱水素酵素の遺伝子が変異を起こして全く活性を示さないオシャカの酵素を作ってしまう変異遺伝子が存在する。この変異遺伝子を父親と母親の両方から受け継いだ人(変異性ホモ接合型)は強力型を完全に欠損していて,アセトアルデヒド濃度がある程度まで上昇しないと働かない普通型のみが作用するので,コップ一杯のビールを飲んだだけでもアセトアルデヒド血中濃度が上がり顔面紅潮や心拍数のはげしい増加が起る。変異遺伝子を片方の親から受け取り,もう片方の親から正常の強力型遺伝子を受け継いだ人(ヘテロ接合型)は強力型酵素が半分に減っているだけなのでアセトアルデヒド濃度の上昇巾が大きくなく,顔面紅潮が起るものの,ほどほどにアルコールを楽しむことは出来る。両親から正常の強力型遺伝子を受け継いだ人(正常型ホモ接合型)は血中アルデヒド濃度が殆ど上昇しないので,顔面紅潮も起らない。大酒飲みになる可能性のあるタイプである。日本人ではヘテロ接合型・変異性ホモ接合型の人は両方で約50%であるといわれている。

③,④の反応を触媒するMEOSの実体は薬物など疎水性の物質を水酸化することにより水溶性に変える水酸化酵素群の一つである。MEOSは種々の薬物やアルコールを代謝することができる。アルコールは水によく溶けるが,油にもよく解ける。要するに疎水性の性質も持ち合わせている。生体はアルコールを疎水性の物質としてとらえ,これに1個の酸素原子を加えることによって水酸化する。水酸化の後,水を失いアセトアルデヒドが生成する。④ではアセトアルデヒドに1個の酸素原子を加えて酢酸が生じる。

MEOSはアルコールによって誘導される性質がある。このため多量のアルコールを摂取し続けるとこの酵素量が増加して,アルコールに強くなる。ただ,MEOSはアルコールに対する親和性が弱いので,アルコールの血中濃度が高くなったときに働く。薬と多量のアルコールを同時に飲むと,両者がMEOSによって代謝されるために,アルコールも薬も共に消失時間が長くなり,その効果が強くなる。薬を多く飲みすぎたと同じことが起こる。薬を飲んだ時は多量のアルコールは控えなければならない。