筋肉と健康4

2.健康編

(1)グルタミンの役割 

 グルタミンは白血球,小腸上皮細胞など増殖の速い細胞にとって極めて優れたエネルギー源となることが知られている。増殖の速い細胞では細胞分裂のためにタンパク質,DNA,RNAを合成しなければならず,そのためには材料の供給と多量のエネルギーが必要である。必須アミノ酸は食物から摂らなければならないが非必須アミノ酸の炭素骨格はグルコースから供給されるので,グルコースのほかにグルタミンがあればアミノ基が供給されて非必須アミノ酸はすべて体内で合成可能である。さらにグルタミンは容易にグルタミン酸,α-ケトグルタル酸に転換される。α-ケトグルタル酸はクエン酸回路で代謝されてATPを供給できる。またDNAやRNAは5種類の塩基,リン酸,さらに糖の一種からなるものであるが,塩基はすべてグルタミンとグルコースがあれば供給できるのでグルタミンはDNA,RNAの合成のためにも優れた栄養源となる。このような理由でグルタミンは増殖の速い細胞にとって極めて優れたエネルギー源である。白血球のエネルギー源が十分に供給されれば感染症に対して抵抗力が強くなるし,逆にエネルギー不足になれば免疫力が低下して感染症に罹りやすくなる。このようにグルタミンは増殖の速い細胞にとって優れたエネルギー源であるために,そして増殖の速い細胞が生体にとって需要な役割を担っているためにグルタミンの血中濃度も全アミノ酸の50%近くを占めるほど高く保たれている。

グルタミンは1-(4)で述べたようにアミノ酸に含まれるアミノ基(NH2-)がグルコースから供給されるα-ケトグルタル酸に移されて生じるグルタミン酸がさらにアミノ基を受け取って生成する。すなわちアミノ酸が酸化されると必ずアミノ基が残り,このアミノ基をグルコース代謝物が受け取ることで生成する。したがってアミノ酸代謝すればグルタミンが生成する。このグルタミンを多量に生成する臓器は肝臓と筋肉である。肝臓は窒素を排泄するためにグルタミンあるいはグルタミン酸から尿素を生成する臓器であるので肝臓で生成したグルタミンは尿素生成に使われるので他の組織で利用されることはない。肝臓以外の組織で利用されるグルタミンはすべて筋肉で合成されたものである。筋肉で合成するためにはタンパク質を摂って窒素源を供給しなければならない。免疫力の強い健康な体を保つのに最も大切なことはタンパク質食品を多く食べることである。グルタミンはタンパク質に含まれる最も多いアミノ酸であることに加えアミノ酸がエネルギー源として使われれば必ずグルタミンが生成するからである。肉食が免疫力を上げると言われる所以である。

 よく過度の運動で消耗した後に風邪を引くことがある。これは筋肉のグリコーゲンを使い過ぎて枯渇に近い状態になったときに起こりやすい。グリコーゲンが枯渇すればクエン酸回路へ基質の供給が出来なくなりα-ケトグルタル酸が減少する。その結果,グルタミン酸の減少に続きグルタミンが減少する。そうなればリンパ球がエネルギー不足に陥り免疫力の低下が起こるからである。これを防ぐには多めに肉を食べることである。また小麦粉の強力粉はグルタミン含量が高いのでスパゲッティなども良いと思われる。サプリメントとしてはグルタミンペプチドと呼ばれる小麦粉由来のグルテン酵素で部分的に分解して消化吸収を良くした製品が市販されている。私は風邪で熱が出たとき(出始めに)に10グラム程をぬるま湯に溶かして飲むがたいていの場合は風邪を引かないで済んでいる。

 もう一つ重要なことは日頃から運動を行って筋肉のグリコーゲン蓄積量が低下しないようにすることである。十分なタンパク質の接種と運動が健康維持の秘訣である。

 血中グルタミン濃度が高いことは白血球の増殖を促進して免疫力を高めるという優れた効果を示すが,良いことばかりではない。癌細胞も増殖が速くなるので癌患者では癌が悪化する可能性がある。グルタミンがNK細胞を活性化して癌細胞をやっつける可能性も期待できるが,癌細胞が勢いづく可能性もあり得る。若くて筋肉の発達した人では癌の進行が早いのはグルタミンが癌細胞の増殖を促進する結果と考えられる。

 

(2)内臓脂肪

  筋肉でも肝臓でもグルコースより脂肪が優先して利用されることはすでに述べてきたところである。これは生命維持に最も大切な脳の働きを確保するためである。そのメカニズムは脂肪の代謝産物がグルコースの酸化を阻害することに因っている。運動の負荷が上がって脂肪の酸化ではATP供給が間に合わなくなったときにのみグルコースが使われる。ただし,そのグルコースは血中のものではなくグリコーゲンである。これは血中グルコースがあくまでも脳のためのものであることに因っている。脳のためにグルコースを確保するため生体は摂食後に肝臓のグリコーゲン合成を最優先する。さらに生命を維持するためには餌を捕らなければならないので筋肉のグリコーゲン合成も優先される。そのあとで過剰となったグルコースは脂肪合成に使われて脂肪として蓄えられる。

 逆にエネルギーが使われるときには不要な脂肪から先に利用される。脂肪からの供給では間に合わなくなったときにグルコースが使われる。しかし,そのグルコースも血中のものではなく蓄えておいたグリコーゲンである。このようにグルコースに優先して脂肪が使われるメカニズムは脂肪の代謝によるグルコース酸化の阻害に因っている。

脂肪をグルコースに優先して使用するメカニズムはグルコースを脳のためにセーブする点においては好都合であるが,飽食の時代では別な問題を引き起こす。脂肪は空腹時に分解が促進されて脂肪酸の血中への放出が増加するものの,摂食後でもその量が少ないだけで脂肪酸の放出は起こっている。そのために特に脂肪太りの人では血中脂肪酸濃度の上昇も大きくなる。そうなれば体内の組織では脂肪酸が優先的に利用されてグルコースが利用されなくなる。

 脂肪といってもすべての脂肪に問題があるわけではない。体内には皮下脂肪とは別に内臓脂肪という脂肪が存在する。内臓脂肪は代謝回転が速く容易に合成されると同時に分解もされやすい性質を持っている。そのために内臓脂肪では放出される脂肪酸量も多くなる。内臓脂肪は体内の多くの臓器のまわりに存在するが特に問題となるのが腸間膜に存在する脂肪である。摂食後小腸ではグルコースアミノ酸が吸収されて毛細血管に入り肝臓に送られる。小腸のまわりに内臓脂肪が存在するとその中を通る毛細血管中に脂肪酸が送り込まれてグルコースと同時に肝臓に運ばれる。グルコース脂肪酸が肝臓に入ってくれば肝臓はグルコースより脂肪酸を利用する。その結果,血中グルコース濃度は上昇して糖尿病状態となってしまう。脂肪は皮下脂肪として蓄えられておれば安全であるが内臓脂肪がたまることが問題である。

 内臓脂肪の蓄積は健康維持にとって問題ではあるが,その代謝回転が速いことは運動によって減少しやすいことを示している。実際に運動を行ったとき皮下脂肪は減少しにくいが内臓脂肪は減少することが示されている。内臓脂肪の生成を防ぐには多量の脂肪が生成するような大食いは避けるべきであるが,普通に食事をしていてもある程度の内臓脂肪が生じる。一日のうちで空腹になる時間帯を作ること,運動,特に空腹時の運動で脂肪を燃やすことが重要である。特に間食で甘いものを食べて血糖濃度が上がっている状態で食事を摂ることは避けなければならない。

 

(3)小腸での脂肪の吸収

 小腸で吸収された脂肪が肝臓に送り込まれるとグルコースに優先して使われるために肝臓でグルコースが使われなくなる問題が生じる。それならば小腸で吸収された脂肪をどう輸送すればよいかが問題である。脂肪はグリセリンに3分子の脂肪酸が結合したものであるが,そのままでは細胞膜を通過できないので,一旦小腸の管腔内で2分子の脂肪酸グリセリンに1分子の脂肪酸が結合した化合物(2-モノアシルグリセロール)に分解された後に小腸上皮細胞に吸収される。小腸上皮細胞内でこれらから脂肪が再合成され,さらに合成された脂肪はキロミクロンと呼ばれるリポタンパク質に組み込まれる。

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小腸で吸収された糖やアミノ酸は毛細血管に入って肝臓に運ばれるが,キロミクロンはリンパ管に入って肝臓には運ばれないで,肝臓をバイパスして血管に入り脂肪組織に運ばれる。このように食物として摂取した脂肪はキロミクロンを形成して肝臓には運ばれないので肝臓で糖の利用を妨げることはない。

 ところが世の中には脂肪にならない食用油なるものが出回っている。この油の正体は図6.に示すように脂肪酸の炭素鎖の短い脂肪(MCFA:middle chain fatty acid),あるいは真ん中に脂肪酸が結合していない脂肪(1,3-ジアシルグリセロール)である。これらの脂肪は上皮細胞内でもとの脂肪に再合成されないのでキロミクロンを形成することはできない(図7)。

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そのために脂肪組織には運ばれないので確かに脂肪にはならない。しかし脂肪になれなかった脂肪酸は毛細血管に送られ,肝臓に運ばれる。摂食後に糖と一緒に脂肪酸が肝臓に運ばれると脂肪酸は糖に優先して使用され糖は利用されなくなるので血糖値が上昇する。若くてエネルギー消費量の大きい人ならば問題は起こらないかもしれないが,脂肪にならない油を使う人は脂肪太りが気になるような人,あるいは中年または初老の内臓脂肪が溜まっている人が多い。そのような人が“脂肪にならない油”を使えば血糖値が上がって糖尿病になってしまう。脂肪は脂肪組織に蓄えるのが一番安全である。

筋肉と健康3

(5)グリコーゲンローディング

 持久運動では脂肪酸を主なエネルギー源として使うが筋グリコーゲンが枯渇してクエン酸回路の代謝中間体の補給ができなくなるとクエン酸回路が回らなくなり脂肪酸が燃えなくなる。運動中にこのような状態になるとまさにガス欠に陥る。これを防ぐには筋肉のグリコーゲン量を増やしておくことである。脂肪酸は無尽蔵と言ってよいほど蓄えられているからグリコーゲンさえあればクエン酸回路に代謝中間体を補給でき,脂肪酸をより長時間にわたって燃やすことができる。筋肉のグリコーゲン蓄積量を増やすためにアスリートが行う方法がグリコーゲンローディングである。レースの一週間ほど前から3,4日間炭水化物食を極力摂らないで,代わりに肉や乳製品などを食べる。そしてこの間はげしい練習を行うことで筋肉中のグリコーゲンを枯渇状態にする(図5)。ただし,グリコーゲンを完全な枯渇状態にすることは難しく,せいぜい40~50%程度にまでしか下がれば枯渇状態と言える。これは筋肉のグリコーゲン量が50%以下にまで低下するとグリコーゲンからのグルコースの供給が低下してグリコーゲンの役割を果たせなくなるからである。

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レースの2,3日前より炭水化物,とくにパスタ類を大いに食べてグリコーゲンの合成を増やす。さらには練習量を減らすことでグリコーゲンの消費をおさえる。こうすると筋肉中のグリコーゲンは元の量よりも高いレベルに達する(図5)。この元のレベルより上昇する現象はオーバーシュートと呼ばれる。なぜオーバーシュートが起こるかは説明できないが,生体が環境に適応しようとする能力を持っているからであろう。こうしてグリコーゲンの蓄積量を最大限に増やしてレースに臨めば持久能が大幅に向上させることができる。

 ただ数日間も過剰量の炭水化物食を摂っていると体重増が起こる。体重制限があるスポーツでは当然のことであるが,制限がなくても体重増加が微妙に影響するスポーツでは気を付けなければならない。炭水化物食を摂って体重増なしに筋肉のグリコーゲンを増やすことはかなり難しいことであるので注意が必要である。

 

(6)サプリメントで持久力を改善する

 グリコーゲンを増やさなくても筋肉のクエン酸回路の代謝中間体を供給しうる化合物が見つかれば脂肪酸を燃やし続けることが可能となる。しかし,肝臓の細胞には有機酸,アミノ酸,糖が容易に取り込まれるが,筋肉では細胞膜を透過する化合物が限られるのでそのような化合物はさらに限られる。その中で最も筋肉に取り込まれるものはアミノ酸のグルタミンである。グルタミンは筋肉中でグリコーゲンから供給される炭素骨格とアミノ酸から供給されるアミノ基から合成されるが,逆にグルタミンは血中濃度が高くなれば細胞内に取り込まれグルタミン酸に,さらにα-ケトグルタル酸に転換される。こうなればクエン酸回路の代謝中間体が増えるのでクエン酸回路の代謝が促進されてアセチル-CoAの酸化も促進される。このときアンモニアが生じるがアンモニアは遊離の状態でも血中を運ばれる。濃度が上がれば問題が起こるが低濃度ならば大きな問題とはならない。

グルタミンは遊離状態のアミノ酸として経口的に摂ると胃酸でたちまちの内に分解されてしまうのでペプチドの形で摂るのがよい。幸いなことに小麦粉のタンパク質であるグルテン酵素的に部分加水分解したグルタミンペプチドなるものが販売されている。これはグルタミンを30%含むのでグルタミン摂取には好都合のサプリメントである。これを水に溶かして10グラム程度を飲んでも吸収の時間を考慮すればアンモニア濃度の上昇は全く問題にはならない。

 グルタミンペプチドの摂取はグリコーゲンが枯渇してクエン酸回路が回らなくなったときに有効であるが,実際にはそのような事態になれば手遅れである。グリコーゲンが枯渇する前に摂ってα-ケトグルタル酸が供給されればクエン酸回路の流れが太くなってアセチル-CoAの酸化(脂肪酸の利用)が促進される。その結果グリコーゲンの消費を節約でき,持久力の改善ができる。

 

(7)レース前の炭水化物摂取の問題

 腹がへっては戦が出来ぬと言われるせいか日本人選手はマラソンレースの前に餅や炭水化物を食べる習慣がある様である。炭水化物食で血糖濃度が上がると脂肪組織での脂肪酸放出が減少し血中脂肪酸濃度が低下する。その結果,脂肪酸の利用量が減少し,その分グリコーゲンの消費が増加する。そうなるとグリコーゲンが早くに枯渇して運動の持続が出来なくなってしまう。筋肉のグリコーゲンは運動をしない限り減少しないのでたっぷり蓄えておいて空腹になり始めたところでレースに臨むべきである。しばらく走って空腹感に襲われた時には少しくらいなら甘いものを摂っても構わない。その時はアドレナリンも分泌されているので少々甘いものを摂っても脂肪酸放出が大幅に抑えられることはないと思う。マラソンのような持久運動では如何にグリコーゲンを長持ちさせるかが重要である。

 ラグビーやサッカーでは運動が間欠的であるので休んでいる間に糖分を摂ってグリコーゲンを合成できるもののパワーや持久力を最大限発揮するにはやはり予めグリコーゲンをできるだけ多く蓄えておくべきである。

 

(8)ミトコンドリアを増やす

 持久運動を行うときに最も重要なエネルギー(ATP)供給の器官はミトコンドリアである。筋肉細胞中のミトコンドリアの量はトレーニングを行えば増加するし,逆に運動しなければ減少する。生体は怠け者であり合理的にできているので必要なものしか作らないし,不要なものはすぐに片付けてしまうからである。ミトコンドリアの量が少なければ脂肪酸分解で生じたアセチル-CoAの酸化は速くはならず,そのためATP供給速度も低いのでマラソンで速く走ることはできない。これを補うために無理に速度を上げればより多くのグリコーゲンが消費されグリコーゲン枯渇を招くことになる。持久運動のパフォーマンスを上げるにはミトコンドリアを増やすことは必須である。

 厳しいトレーニングを多く行えばミトコンドリアは増え勝負に勝つことができるが,より楽なトレーニングを選びたくなるのは人情である。生体は環境に適応する性質をもっているのでこれを利用すべきである。

 筋肉のグリコーゲンが枯渇した状態でトレーニングを行えばクエン酸回路も働きにくくなるので軽い運動であっても細胞はエネルギー危機に陥る。そうなれば生体はミトコンドリアを増やそうとするし,グリコーゲンをもっと多く蓄えようとする。例えばマラソンのトレーニングを行う場合,だらだら走るだけでなく,全力に近い速度で短距離走を繰り返してグリコーゲンを消耗させたのちに軽い持久走を一定時間行えばミトコンドリアを効果的に増やすことができるし,蓄積するグリコーゲン量も増やすことができるはずである。ミトコンドリアを増やすにはエネルギー枯渇状態でトレーニングをすることである。

 

(9)トレーニングによって筋肉に起こる変化-乳酸の輸送

 しばらく運動をしないで急に運動を行うと翌日には筋肉痛に襲われる。しかし2,3日経って筋肉痛が治まったあとで同程度の強さの運動を行っても筋肉痛は起こらない。これはどう説明されるであろうか。

 結論から言えば筋肉をしばらく使わないと筋肉細胞膜上の乳酸輸送体が消失し,逆に乳酸が溜まるような激しい運動を行えば筋肉細胞膜に乳酸輸送体が現れるためと考えられる。負荷の強い運動ではグリコーゲンをエネルギー源として解糖系が働いてATPが供給される。解糖系が働けば乳酸が生成する。乳酸の大部分は細胞膜上に存在する乳酸輸送体によって細胞外に(血中に)輸送される。乳酸輸送体は負荷の強い運動を行うことで筋肉中に乳酸が溜まるとこれが引き金となって細胞膜上に現れるタンパク質である。生体を構成するタンパク質は寿命がくれば分解されて消失することで常に置き換えられている。生体はナマケモノにできていて不要なタンパク質は合成しない。このために2週間くらい運動をしていないと,即ち細胞内に乳酸が溜まらない状態が続くと乳酸輸送体は細胞膜から失われてしまう。ただし,現在までのところこの乳酸輸送体の誘導と消失を調べた実験はなされていないが乳酸による誘導は間違いないと考えている。しばらく運動をしないで急に行うと筋肉細胞膜から乳酸輸送体が消失しているので乳酸が細胞内に貯まる。このために細胞内のpHが低下し,その状態で筋収縮を繰り返すと筋原線維が傷つき,これがもとになって炎症が起こるのであろう。これが筋肉痛の起こる原因と思われる。筋肉痛が治まった後に再度同じような運動をしても筋肉痛が起こらないのは一度細胞内に溜まった乳酸によって乳酸輸送体が誘導され,その結果,生じた乳酸が速やかに細胞外に運び出されるためにpHの低下が抑えられたことに因っている。 

 もう一つ,久しぶりの運動では直ぐに筋肉がなまって運動の持続ができなくなるが,そのあと筋肉痛が治まってから再度同じ運動を行うと簡単には筋肉がなまらなくて運動を長時間続けることができるようになる。これはどうしてであろうか。このことは次のように説明される。解糖系の中でグルコース6-リン酸からフルクトース6-リン酸を生じるホスホフルクトキナーゼはpHがわずかに酸性に傾くだけで活性が大幅に低下する性質を持っている。このために細胞内に乳酸が溜まると細胞内が酸性になりホスホフルクトキナーゼの反応が進みにくくなる。ホスホフルクトキナーゼは解糖系全体の速度を決定する律速酵素であるのでこの反応が進みにくくなる。そうなれば解糖系からのATP供給速度も低下し,運動に必要な量を供給ができなくなり筋肉が動きにくくなるからである。

 筋肉痛が治まった後では乳酸輸送体が発現しているから同じような強度の運動をしても細胞内が乳酸で酸性側に傾くことも抑えられる。そのために解糖系からのATP供給も低下することなく運動時間も延長するのである。

 久しぶりの運動で筋肉痛が起こること,あるいはすぐに筋肉がなまるのが筋肉細胞膜上の乳酸輸送体に起因することは運動生理学者の間ではまだ広く認められていないと思う。最近のことは知らないが少なくとも10数年前には全く認められていなかった。この理由は運動生理学の研究者が実験を行うとき被験者としてアスリートを使っているためではないかと思われてならない。アスリートは常にトレーニングをしているので筋肉細胞膜上に常に乳酸輸送体が最大に出現していて乳酸が筋肉内に溜まることはないからである。最近の様子は分からないが,私の体験からは運動生理学の研究者は乳酸が筋肉を自由に出入りすると考えていると思われる。

 

(10)グリコーゲン合成系の改善とミトコンドリア量・筋原線維の増加

 トレーニングを始めて最初に起こる変化は乳酸輸送の改善であるが,これに続いてグリコーゲン合成系の改善,ミトコンドリア量と筋原線維の増加である。乳酸輸送の改善は運動後すぐに起こるのでその効果はすぐに表れる。したがって運動のパフォーマンスの改善は一週間もトレーニングを行えば目に見えて改善される。しかし,その後の変化はゆるやかに進行するので運動能が改善されるには月単位の時間がかかることになる。

レーニングによって筋肉でのグリコーゲン合成に関与する酵素量が増加することを示す実験結果が多く報告されている。ウサギの前脛骨筋に電極を差し込み間欠的に電流を流して筋収縮を繰り返しているとグリコーゲン合成に関与する酵素の量が増加し,3週間も収縮を続けていると10倍以上に増加することが示されている。酵素量が増加すればグリコーゲン合成速度も上がるはずである。別な実験ではトレーニングを行うことでグリコーゲン蓄積量も増加することが示されている。

 筋肉に蓄えられるグリコーゲン量は筋肉重量の1%と言われている。すなわち質重量で1kgの筋肉に乾燥重量で10gのグリコーゲンが含まれるということである。しかし,この10gという値は平均的な量であってトレーニングにより変動すると思われる。トレーニングで蓄積量が増加することは間違いないが,どこまで増加するかは明確にはなっていない。トレーニング量が多ければ多いほど長距離走の持久力が改善されること,また大相撲ではよく稽古をした力士は体の張りが大きく変わってくることなどを考えるとグリコーゲン蓄積量はトレーニングによって大幅に(数倍に)変化すると思われる。グリコーゲン量を非侵襲的な方法で把握できればもっと明確に言うことができるが,残念なことに生検で筋肉組織を一部取らなければ測定できないのがつらいところである。

筋原線維の増加,ミトコンドリアの増加の段階になると緩やかではあるがトレーニングによって確実に進行する。持久運動能の向上にはミトコンドリア量の増加とともにグリコーゲン蓄積量の増加も要求される。ミトコンドリア量の増加にはグリコーゲンの枯渇状態でのトレーニングが必要であり,グリコーゲン蓄積量の増加にはグリコーゲンを枯渇させるような負荷の強いトレーニングが必要である。瞬発力が要求される運動のためには負荷の強いトレーニングで筋原線維の増加も必要である。これらの効果が表れるには少なくとも1カ月から数カ月のトレーニングが必要である。持久運動のトレーニングだからと言って漫然と持久運動を繰り返す練習だけではパフォーマンスの向上は期待できない。

 

筋肉と健康  2

(2)赤筋と白筋

筋肉には瞬発力に優れた白筋と持久力に優れた赤筋の二種類があり,これらの間には使用するエネルギー源に大きな違いがある。白筋はミトコンドリアが少ないのでその組織内に酸素を運ぶミオグロビンを持つ必要がない。そのために赤くはなく白筋と呼ばれる。

運動時,白筋では食後の血糖濃度の高いときに合成して蓄えておいたグリコーゲンを無酸素的に乳酸にまで分解し,この時に遊離するエネルギーでATPを合成する。関与する酵素がすべて水溶性で細胞内に溶けた状態で多量に存在しうるので呼吸系に比べてATPの合成効効率は低いが反応速度が速く単位時間内に多量のATPを合成することができる。このため白筋は相撲,重量挙げ,短距離走など瞬発力を必要とする運動に適した筋肉である。魚においても流れの速いところに生息する魚は白筋が多く,一般に白身の魚と呼ばれる。しかし,蓄えられるグリコーゲン量が限られていること,および生じた乳酸を肝臓で処理をする必要があるために持久運動には向いていない。

赤筋はミトコンドリア内に取り込まれた脂肪酸を分解して生じたアセチル-CoAを呼吸系で酸素によって酸化してこの時に遊離するエネルギーでATPを合成する。酸素は血液中をヘモグロビンに結合した状態で運ばれるが,細胞内にはヘモグロビンより酸素に対する親和性の高いミオグロビンが存在し,これがヘモグロビンから酸素を受け取り,ミトコンドリア内の酸化酵素に渡す。赤筋が赤いのはミオグロビンを含んでいるためである。トレーニングをすることで筋肉のミトコンドリア量が増加するが,ミトコンドリアが増えるとミオグロビン量も多くなるので赤色がさらに強くなる。トレーニングを積めば積むほどミトコンドリアとミオグロビンが増加し,持久力が増すとともに赤色が濃くなる。

ミトコンドリアでATPを産生するには脂肪酸ミトコンドリア内への輸送,脂肪酸の分解,酸素のミトコンドリア内への輸送,限られたミトコンドリアの量のために脂肪酸を燃やしてATPを供給する速度はグリコーゲンからATPを生成する解糖系ほどは早くない。このため単位時間に多量のATPを消費する激しい運動には向いていない。しかし,脂肪は水を含まないで存在し,体内に多量に蓄えられていること,持っているエネルギー量が糖質より多いことのために消費するエネルギー総量が大きい持久運動のエネルギー源に適している。

 

(3)グリコーゲン

 グリコーゲンは数万個のグルコース分子が連なり,枝分かれ構造をもつ分子である(図3-1)。合成されるときは新たに供給されるグルコース残基(  で示す)が既に存在するグリコーゲン分子の末端に付けくわえられることでグリコーゲン分子が大きくなる。エネルギー源として使われるときには図3-2に示すように末端からグリコーゲン分解酵素(ホスホリラーゼ)の作用でグルコース残基が切り離されて利用される。グリコーゲン分子は多くの枝分かれ構造をもつのでグリコーゲンが多く残っているときは枝分かれも多く切り離されるグルコース残基も多いが,グリコーゲン量が減少してくると枝分かれの数が減少し切り離される量も減少する。切り離される量が減少することは供給されるエネルギー源の減少となるので解糖系で産生されるATP量も減少しパワーも出にくくなる。運動していると次第にパワーが減少するのはこのようにグリコーゲンが減少するためである。激しいスポーツを行う選手は筋肉のグリコーゲンタンクを満杯にして競技に臨むべきである

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 持久運動では主なエネルギー源は脂肪酸と述べたが,後に述べるがグリコーゲンからの糖質の供給がないと脂肪酸も酸化されなくなり持久運動の持続ができなくなる。実際にアスリートで調べた結果であるが筋肉のグリコーゲン量が50%程度にまで減少すると持久運動を続けることができなくなることが報告されている。グリコーゲン量が半分になればグリコーゲンから供給されるグルコース残基も大幅に減少し運動の持続には役立たなくなるからである。

 グリコーゲンの合成速度は肝臓と筋肉とではかなりの差がある。肝臓のグリコーゲンは空腹時に低下した血糖を補うためのものであるので一回の食事でほぼ元のレベルに回復する。筋肉は総量が多いのでその合成速度が早いと問題が生じる。筋肉には1%ほどのグリコーゲンが含まれると言われている(湿重量1kgの筋肉に乾燥重量10 g のグリコーゲンが含まれる)。体内の筋肉量は多いのでこの合成速度が早ければ血中のグルコースレベルが低下して低血糖に陥る問題が起こる。例えば20kgの筋肉でグリコーゲン量が50%低下したとすると元に戻すのに100gのグルコースが必要である。茶碗一杯のご飯の乾燥重量は30g程度であるからすべてを筋肉のグリコーゲン合成に使っても3杯以上のご飯が必要である。実際には肝臓のグリコーゲンも合成しなければならないし,脳のために血糖濃度は維持しなければならない。このために激しい運動で限界にまで疲れた時には筋肉のグリコーゲン1,2回の食事で合成するわけにはいかず,元のレベルにまで戻すには数日は必要である。激しい運動をした後には数日間疲れが残ることはこのためである。

(4)筋肉のグリコーゲンが枯渇すると持久運動もできなくなる

 図4にアセチル-CoAがクエン酸回路で酸化されてATPが生成する代謝経路を示す。持久運動時に脂肪酸が燃えると生じたアセチル-CoAが筋肉内に蓄積する。これがピルビン酸脱水素酵素を阻害するためにピルビン酸は酸化されない。その結果グルコースの使用が止まって脂肪酸が利用される。

クエン酸回路でアセチル-CoAが酸化されるときはまずアセチル-CoAはオキサロ酢酸と反応してクエン酸が生じる。クエン酸はさらに代謝されてイソクエン酸となり,これがイソクエン酸脱水素酵素の作用でαケトグルタル酸となる。さらにクエン酸回路の数段階の反応を経て元のオキサロ酢酸となる。この間にアセチル-CoAとしてオキサロ酢酸に結合した2個の炭素原子と3個の水素原子は二酸化炭素や水としてすべて失われ,もとのオキサロ酢酸が残る。この過程で脱水素反応が4回起こり,生じた還元性物質(NADH2とFADH2)は電子伝達系で酸化されてH2Oを生じると同時にATPが産生される(図4)。筋肉ではATPをADPとリン酸に分解した際のエネルギーで運動のエネルギーが賄われる。

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アセチル-CoAが供給されればクエン酸回路の反応は繰り返しいつまでも続くように考えられるが,クエン酸回路は閉鎖系ではなく他の代謝経路とつながっているので代謝物が出入りしてその量が変動する。減少をきたす反応の一つがアミノ基転移酵素によるα-ケトグルタル酸の消費である。筋肉ではアミノ酸も酸化される。酸化の際にアミノ酸に含まれるN原子は余分となるのでアミノ基は除かれなければならない。このためにアミノ酸のアミノ基はα-ケトグルタル酸に移されてアミノ酸は対応するαケト酸(アスパラギン酸,アラニンに対応するαケト酸はそれぞれオキサロ酢酸,ピルビン酸)となるとともにα-ケトグルタル酸はグルタミン酸となる(図4)。生じたαケト酸の一部は直接,あるいは代謝された後クエン酸回路の代謝中間体となる,あるいは血中に出て筋肉以外で利用される。α-ケトグルタル酸から生じたグルタミン酸は細胞内で生じたNH3(一部のグルタミン酸グルタミン酸脱水素酵素によってα-ケトグルタル酸に戻される際に生じる)をさらに結合してグルタミンとなり血中を運ばれて体内で利用される(図4)。このように筋肉細胞中のα-ケトグルタル酸はアミノ酸代謝に伴って消費され,次第にクエン酸回路の代謝中間体も減少する。減少が進めばやがてはオキサロ酢酸もなくなってしまう。オキサロ酢酸がなければ脂肪酸からアセチル-CoAがいくら供給されてもクエン酸回路で代謝されなくなってしまう。生体はこれを防ぐためにグリコーゲンを分解してピルビン酸を生じ,このピルビン酸からオキサロ酢酸を生成してクエン酸回路に供給する(図4)。ピルビン酸からオキサロ酢酸を生じる経路を補充経路と呼ぶのはこのためである。この反応によってグリコーゲンが消費されるために脂肪酸をエネルギー源とする持久運動でもグリコーゲンが枯渇して脂肪酸の燃焼もできなくなり運動の持続ができなくなってしまう。ただマラソンのように過酷な持久運動では筋肉を働かせるには脂肪酸の酸化だけでは十分でなく,グリコーゲンを使った解糖系も一部働くのでグリコーゲンはさらに早く減少する。マラソンで30km過ぎたころに筋肉が動かなくなるのはグリコーゲンの枯渇によって脂肪酸が燃えなくなったことに因っている。持久運動のパフォーマンスを上げるにはあらかじめ炭水化物食を十分に摂って筋肉のグリコーゲンをしっかり蓄えておく必要がある。よくマラソンのレース直前に餅やうどんなどの炭水化物を食べる選手がいるが,食べることでインスリン分泌が上昇し,このために血中脂肪酸濃度が低下する(図2)。その結果,脂肪酸の利用が低下して,その分グリコーゲンが消費されるのでグリコーゲン枯渇に陥りやすくなってしまう。筋肉に蓄えられるグリコーゲンには限度があるが体内の脂肪は十分すぎるほどの量がある。持久運動のパフォーマンスを上げるには如何に脂肪酸を効果的に使うかが重要である。脂肪酸を効果的に利用するには食事の後3~4時間くらい経ってわずかに空腹感が出るころに血中脂肪酸濃度が上昇し始めるので,このころにスタートするのが良いと思われる。脂肪酸を効果的に利用することによって筋肉のグリコーゲン消費を上手に抑えることが持久運動のパフォーマンスを上げるコツである。

筋肉と健康  1

はじめに

日頃からスポーツを行っていて筋肉が発達している人はいつも家の中にいて体を動かしていない人より健康であるのは間違いないようである。いつも運動する習慣があれば余分な脂肪がたまらなくて循環器系の病気にならないことは容易に想像できるが,感染症には強くなるのかならないのかよくわからない。もし強くなるならば,なぜ運動で免疫力が強くなるのだろうか。コロナウイルスの感染状況をみてもサッカーや野球選手のように常に運動をしている人は感染しても軽症で済んでいる。どうも運動で体を鍛えていると免疫力も強くなるようであるがこのことはどう説明されるのだろうか。一方,運動をしすぎて体力を消耗したときには風邪を引きやすくなるが,これはなぜだろうか。病気との関連以外にも練習方法,食事の摂り方など諸説あるが,その方法が正しいかどうかを判断するには科学的な裏付けが必要である。

この“筋肉と健康”シリーズではこれらの問題について説明をしたいと思う。しかし,その説明をしようとすると話が生化学的にならざるを得ず,時には代謝経路という馴染みがなく覚えにくいものが出てくることがある。馴染みのない代謝経路を覚えようとするのは無理な話で,これは覚えようとせず,旅行の計画を立てるときに鉄道の時刻表を見る気持ちでながめればよいと思う。旅行をするときには乗り換えの駅は頭に入れておかなければならないが鉄道の途中の駅を覚えようとはしない。どこで乗ってどこで降りるだけ頭に入れておけば十分である。代謝経路も何からスタートして何が出来るかが分かればそれで充分である。どうか気楽に読んでいただきたい。

 

レーニング編

(1)グルコースは脳のためのものである―筋肉は脂肪を優先的に利用する

 我々の社会では石油を燃やして得られるエネルギーを電気エネルギーに代えて活動のエネルギーを得ているように,生体は糖あるいは脂肪を燃やして得られるエネルギーをATPの形にして生命活動を営んでいる。体内でエネルギー源として使われる主な物質はグルコースと脂肪であるが,筋肉では脂肪が優先的に使われる。脂肪の酸化ではATP供給が間に合わないときにのみ筋肉はグルコースを使う。ただしそのグルコースは血中のグルコースではなく筋肉に蓄えられていたグリコーゲン(グルコースの重合体)から供給される。これはヒトの体内では脳が血中のグルコースのみをエネルギー源として利用し,脳がエネルギー不足に陥ると脳細胞が不可逆的な死に陥ってしまうのでこれを防ぐためである。エネルギー不足で細胞が死ぬのは脳に限ったことではないが脳が死ねば生体は生命を維持することができない。このためにヒトの体内ではこのように運動中にグルコースを使わないで脂肪(実際には脂肪が分解されて生じた脂肪酸)を優先して使う仕組みが備わっている。脂肪からではエネルギー供給が間に合わなくなるような負荷の強い運動時にのみグリコーゲンから供給されるグルコースを使うが,この時でも血糖は使わない。もし筋肉が運動時に血糖を使うならばたちまちのうちに低血糖状態となり脳が機能できなくなってしまうからである。ジョギング程度の運動でも1分間当たり5~6kcalのエネルギーを消費する。グルコースのエネルギー量は4kcal/g であるから1分間に1.5gのグルコースが消費される。もし運動時に血糖が利用されたなら血糖の総量は4g程度であるから軽い運動でも開始して1,2分後には低血糖状態に陥って生命の危険に曝されることになる。ヒトの肝臓ではグルコースが産生されるが1分間に0.1g程度であるので短時間に血糖を補うには全く役立たない。生体はこのような事態を避けるために運動時にはグルコースの利用を抑えて,脂肪酸を主なエネルギー源として利用する。

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 図1は筋肉でグルコースからグリコーゲンの合成と分解を示したものである。空腹時にはグルコースは筋肉細胞内に取り込まれることはないが,摂食後に血糖濃度が上がりインスリン分泌量が増えると筋肉ではグルコース輸送体が筋肉細胞内の顆粒から細胞膜に運ばれ血中からグルコースが細胞内へ輸送される。細胞内でグルコースはヘキソキナーゼという酵素の作用でATPを消費してグルコース6-リン酸となったのち3段階の反応によってグリコーゲンとなって筋肉中に蓄えられる。このときグルコース残基(グルコースが他の化合物に結合しているとき元のグルコースに由来した部分をグルコース残基という)はすでに存在しているグリコーゲンの末端に結合してグルコース鎖が伸長することでグリコーゲン量が増加する。運動時には神経刺激あるいはATP(Aにリン酸が3個結合)から生じたAMP(Aにリン酸が1個結合)の増加がシグナルとなりグリコーゲンが分解する。通常はATPが分解してADP(Aにリン酸が2個結合)が生じることで必要なエネルギーが得られるが負荷が強いとさらに2分子のADPから1分子のATPと1分子のAMPが生じることでATPを供給する。AMPが生じることが筋肉のエネルギー危機と判断してグリコーゲン分解が促進される。グリコーゲンの分解産物が代謝されてグルコース6-リン酸となり,さらにフルクトース6-リン酸を経てピルビン酸または乳酸にまで分解される(図1参照)。グルコース6-リン酸から乳酸までの代謝経路は解糖系と呼ばれる代謝経路であり,酸素を利用しない代謝系である。この解糖系の代謝速度は次の段階のピルビン酸がアセチル-CoAを経てCO2とH2Oにまで酸化される呼吸系の代謝速度に比べて極めて早いという特徴がある。このために激しい運動時には生じるピルビン酸は量が多く呼吸系では一部しか酸化されない。そのため過剰となったピルビン酸は乳酸となって血中に放出される。グリコーゲンから生じる1個のグルコース残基が呼吸系で完全酸化されると37個のATPが生じるのに対し,乳酸まで代謝されるだけでは3個しか生じない。しかし解糖系の代謝速度が早いために単位時間当たりのATP産生量が大きく瞬発力を要する運動では解糖系からATPが供給される。呼吸系が働くためにはピルビン酸をミトコンドリアに輸送し,酸素も血中からミトコンドリアに運び込まなければならない。またミトコンドリアの量も限られているのでその代謝速度を上げることは難しい。一方,解糖系の酵素はすべて水溶性で細胞質に多量に存在し得るので容易に代謝速度を上げることができる特徴がある。

運動時にはグリコーゲン分解によってグルコース6-リン酸が生じるが肝臓と違って筋肉にはこの化合物からグルコースを生じる酵素が存在しないのでグルコース6-リン酸はフルクトース6-リン酸へと代謝される。次のフルクトース6-リン酸を代謝する酵素であるホスホフルクトキナーゼが解糖系の代謝速度を調節する律速酵素であるために解糖系の代謝の流れがこの段階でせき止められた状態になりフルクトース-6リン酸濃度が上昇し,この結果グルコース-6リン酸濃度も上昇する。この化合物は細胞内でグルコースが使われるときの最初の反応を触媒するヘキソキナーゼを強く阻害するために運動時に血中グルコースの筋肉細胞中での利用は強く抑えられる。このような仕組みによって運動時には筋肉での血中グルコースの利用は抑えられるのであるが,この仕組みが破綻することもある。400m走,あるいは800m走など中距離走などで頑張りすぎたときには嘔吐を催すことがある。これはグリコーゲンが減少してグルコース6-リン酸の供給速度が低下した状態になったにも関わらず気力で頑張ったために(解糖系を働かせすぎたために)グルコース6-リン酸の濃度が低下してヘキソキナーゼ阻害が弱まり,その結果,血糖が利用されてしまい低血糖状態に陥ったからである。

 なお,肝臓ではグルコースからグルコース6-リン酸生成の反応はグルコキナーゼと呼ばれる酵素が働くが,筋肉ではグルコース6-リン酸でこの酵素反応を抑えなければならないのでグルコキナーゼとは異なるタンパク質のヘキソキナーゼが存在している。このヘキソキナーゼとグルコキナーゼのように同じ反応を触媒するが酵素タンパク質が異なる酵素の関係をアイソザイムという。

 筋肉では運動時に血中のグルコースを使わないで筋肉に蓄えたグリコーゲンを使う仕組みになっていることをを説明したが,脂肪がグルコースに優先して使われるのはどのような機構に因っているのであろうか。

 空腹時にはインスリン分泌が低下して逆にグルカゴンの分泌が上昇する。この結果,脂肪組織ではホルモン感受性リパーゼが活性化されて脂肪が分解される。生じた脂肪酸グリセリンは血中に放出され,体内の各組織で利用される。脂肪分解はグルカゴンの他にアドレナリンによっても促進される。脂肪酸は筋肉に運ばれると分解されてアセチル-CoAを生じる。アセチル-CoAは図1に示したピルビン酸からアセチル-CoAを生じるピルビン酸脱水素酵素の反応を強く阻害するために脂肪酸の濃度が上昇するとこれが分解してアセチル-CoA濃度が増加するためにグルコースの酸化は停止する。このことは肝臓でも同じである。このようにして空腹時には生体は脂肪酸から生じたアセチル-CoAを酸化すると同時にルコースの利用を停止する。グルコースはあくまでも脳が利用するためのものである。

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摂食後のインスリン濃度が上昇した時でも濃度は低いが血中脂肪酸は存在しており,脂肪酸が使われればグルコースの利用は抑えられるので脂肪酸グルコースに優先して使われることは同じである。運動の負荷が強くなって脂肪酸からではATP供給が間に合わなくなるとATPから生じたADPが多くなり,生じたADP2分子からATPとAMPを生じる反応が進行する。

ATP → ADP + リン酸     2ADP  →    ATP + AMP

AMPは強力な生理作用を持つ物質であり,グリコーゲン分解酵素(ホスホリラーゼ)の促進もおこなう(図1)。運動の強度が上がったときにグリコーゲン分解が起こって解糖系でATPが供給されるのはこのような機序に因っている。摂食後の血中脂肪酸濃度が低いときは脂肪酸が利用しにくいので比較的負荷の小さい運動でもグリコーゲン分解が起きやすくなる。

 このように筋肉は通常は脂肪酸をエネルギー源として使い,ATP消費量が増えて脂肪酸からでは供給が間に合わなくなったときにのみグリコーゲンを使う。しかし,血糖は使わない。血糖はあくまでも脳のためのものであるからである。

 空腹時に血中脂肪酸濃度が上昇することを考えるとジョギングで脂肪を減らそうとするならば空腹時に行うべきである。摂食後の血糖濃度が高いときにはインスリンの作用で血中脂肪酸濃度が低くなっているのでグリコーゲンが使われやすい状態になっているからである。とはいえ筋肉のグリコーゲンが減少すればその後で食事を摂ったときグリコーゲン合成をしなければならないので脂肪太りを抑える点において効果があることは間違いない。

 

 

 

相撲部屋のトイレは和式にすべきであ

大相撲名古屋場所照ノ富士は優勝を逃したものの先場所の優勝の続き準優勝で横綱昇進が決定した。膝のケガと糖尿病で序二段まで落ちながら大関に戻り,さらに横綱にまでなったということは本当に素晴らしいことである。本人の努力と伊勢ケ浜親方の指導を称えたい。一方の優勝した白鵬であるがその内容は相撲とは言い難く,まるで暴力行為である。カチアゲは肘を曲げ前腕部で体当たりをしてくる相手の姿勢を起こすと同時に当たりの衝撃を弱めるために使うのであるが,白鵬のカチアゲは顔を狙った肘突きである。肘突きは相撲の技ではない。危険な反則である。白鵬は以前から注意を受けていたにも関わらず止めようともしなかった。さらに白鵬の張り手は腕を振り回して相手をKOしようとするもので相撲の技ではない。相撲協会は厳しい処分をすべきである。横綱の相撲ではない。

照ノ富士の活躍はさておき日本人力士の不甲斐なさは情けない。幕内42人の力士のうち7人はモンゴル生まれの力士であるが,モンゴル勢7人の成績は78勝27敗である。最高は全勝,一番成績の悪い力士でも8勝7敗で全員勝ち越しである。一方,日本人力士では一番成績の良いのが琴の若の12勝3敗,次に成績の良いのが5敗の宇良,その次が6敗の石浦。何と6敗より負け数の少ない力士は3名のみである。休場,外国人力士を含めて22人が負け越しであり,モンゴル勢とは大きな差である。

大相撲の世界に入れば日本人もモンゴル人も同じように稽古をしているので差は相撲以外の生活様式に因っていると思われる。モンゴルでは子供の時から草原を駆け回って足腰が鍛えられていると思われる。相撲界に入る前から足腰の筋力が日本人より強いのではないだろうか。日本人も一昔前までは今のモンゴル人くらい強かったと思うが,生活様式が変化して弱くなったと思われる。その日本人を弱くした生活様式の変化は洋式便器の使用ではないかと思う。我々でも洋式便器に慣れてしまうと和式トイレで10分間もしゃがんで用を足すことは極めて苦痛である。ましてや150 kg以上もある体でしゃがんで用を足さなければならないとなったら殆どの力士は悲鳴を上げることになるように思えてならない。ということはそれだけ足腰が弱っているということであり,逆に毎日和式トイレを使っているとそれだけ鍛えられるし,太りすぎでは排泄もできないので自分の体を持て余すような力士もいなくなる。少なくとも大鵬柏戸の活躍した1960年代まではトイレは和式が主流であったし,足腰の弱い力士はいなかったと思う。毎日一定の時間しゃがんで用を足す運動を行うことはかなりの量の稽古に匹敵する。トイレを和式に変更することが難しければ,それと同じくらいの効果がもたらされる稽古を取り入れるべきである。

持久運動の前の糖質補給は間違っている

 もう一か月ほど前のことですが,テレビの「林修の今でしょ講座」で正しい歩き方についての放送がありました。その番組では有酸素運動で脂肪を燃やすには糖が必要であるので運動前に糖質の補給をしておくべきであるとのことでしたが,これは全くの誤りです。確かに体内で脂肪が筋肉で酸化されるときには脂肪由来の物質が糖から供給された物質と反応しなければならないので糖は必要ですが,この糖は血液中の糖からではなく,筋肉に予め蓄えられていたグリコーゲンから供給されます。したがって有酸素運動に必要な糖は運動間際に補給するのではなく,4,5時間前までに十分な糖質を摂取して筋肉のグリコーゲンを増やしておくことが必要です。一流のマラソンランナーでも30 km過ぎにエネルギーが枯渇して走れなくなることがありますが,これは筋肉のグリコーゲンが枯渇して起こる現象です。筋肉が血中の糖を使ってくれるなら走れなくなったときに糖の補給をすれば回復するはずですが,そんなことでは回復しません。筋肉は運動時に血糖を使わない機構が備わっています。もし筋肉が運動時に血糖を使ったならばたちまちのうちに低血糖状態に陥って生命の維持すら難しくなります。血中の糖はすべてで5グラム程しかありません。一方,徒歩でも1分間に5 kcalを消費するので,もし運動時に血糖が使われるなら4分間も歩くだけで血糖は無くなり生命も危なくなります。肝臓はタンパク質から生じたアミノ酸や筋肉で生じた乳酸から糖を作りますがその量は1分間に0.1グラムでしかありません。運動時に筋肉は血糖を使うことができませんし,実際に使いません。しかし,中距離走などで頑張りすぎると血糖を使わない仕組みが破綻をきたし血糖が使われることがあります。この時は走り終わって低血糖に襲われるために嘔吐を催すことになります。

 運動前に糖質を摂取すると具合の悪いことも生じます。有酸素運動ではいかに多くの脂肪を燃やすかが大切なことですが,運動前に糖を摂取するとインシュリンが分泌され,脂肪組織での脂肪の分解が抑えられて血中の脂肪酸濃度が低下します。そうなると筋肉での脂肪(実際は脂肪酸)の利用が低下し,その分余計に筋肉のグリコーゲンが使われることになります。グリコーゲンが無くなれば運動の持続が不可能になります。持久運動ではいかに脂肪を多く利用するかが大切です。日本では“腹が減っては戦ができない”などと言われレース前に餅などの糖質を摂取する習慣があるようですが,マラソンのような持久運動には逆に悪い結果をもたらすことになります。筋肉のグリコーゲンは運動をしない限り減少しないので4,5時間前までに糖質を摂って十分筋肉のグリコーゲンを蓄え,少し空腹感を感じるような状態(血中脂肪酸濃度が上がる)でレースに臨むべきです。体脂肪を減らすためにジョギングをする人も空腹時に行えば効果的です。

NHKためしてガッテンの誤り―レモンが骨密度を上げるメカニズム―

3月31日に放送されたNHKテレビためしてガッテンでレモンに骨密度を上げる効果があることが放送された。瀬戸内海に浮かぶ広島県大崎上島ではレモンが良く取れ一人当たり5日に1個のレモンを消費しているためにこの島の人は骨密度が全国平均よ13%も高いということである。番組ではカルシウム塩の懸濁液にクエン酸を加えることでこれが溶けて透明な液体になることを示してクエン酸がカルシウムと水溶性のキレート化合物を作ること,また別の実験によって牛乳にクエン酸を加えるとカルシウムの吸収が8%増えたという実験結果を報告することでレモンが骨密度を上げる原因がレモンに含まれるクエン酸がカルシウムとキレート化合物を形成して吸収を助けるためであると結論付けていた。

しかしこの放送には大きな誤りがある。第1はクエン酸によって8%ほどカルシウムの吸収が上昇したということであるが,8%程度の差は有意差とは言えず,牛乳を飲む量の個人差に比べれば誤差範囲である。この差で骨密度が全国平均より13%も上げることを説明することは出来ない。第2は我々が日常摂取する食品のなかでカルシウムが水に不溶性の個体として存在していて,それがクエン酸で水溶性に変化するようなものが有るのだろうか。絶対にないとは言い切れないが,仮にあったとしてもごく稀で日常我々の口に入ることはまずないであろう。要するにクエン酸がカルシウムと水溶性のキレート化合物を形成することがレモンによる骨密度を上げる原因ではないと考えられる。

レモンによる骨密度上昇のメカニズムが分からなくてもレモンを食べれば良いじゃないかという意見も出そうであるが,はっきりしておかなくては骨密度を上げるサプリメントとしてクエン酸でも世に出回ることになる可能性もある。特に信用度の高い“ためしてガッテン”で放送されたことであるだけにはっきりしておかなくてはならない。

それではレモンによる骨密度上昇効果はどのようにして起きるのだろうか。一般に骨と言えばカルシウムが頭に浮かぶが,カルシウム以外に骨の重要な構成成分がある。コラーゲンである。このコラーゲンの合成にはビタミンCが必須である。コラーゲンは3本のタンパク質鎖が合成された後に酵素の作用で修飾されて3本のタンパク質鎖が互いに結合して束を作ることでコラーゲンが完成する。このとき修飾する酵素が働く上でビタミンCが必須なのである。レモンを十分に摂ることでコラーゲンが合成されやすくなって骨密度が上昇したと考えられる。大事なことはビタミンCを摂ることである。

世間ではコラーゲンを補うのにコラーゲンのサプリメントが出回っているが,コラーゲンを含めてタンパク質は経口的に摂取しても消化管の中でアミノ酸に分解されてしまう。食べたタンパク質がそのまま体内で機能するようなことは絶対にない。コラーゲンのサプリメントを売るのは詐欺行為である。コラーゲンを増やそうと思うならタンパク質とビタミンCを取るべきである。